歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』 第9話

★マーシャルです。自分の幕末モノのバイブルは『お~い!竜馬』です。肝心の新撰組については実はあまり……、『PEACE MAKER鐵』とか読もうと思います。

 

 小佐吉はその後、件の少年と道を共にしていた。彼の腕は確かなものであるし、このまま四六時中、雑用仕事ばかりでは到底、剣技など上達しないのは明らかであった。

 先ほどの技の所作を見れば少年が自分とは違い、何かしらの流派を極めている事は明らかであるし、何より今もこうしてその体躯ながら泥棒を軽々と担いでいる事も彼が唯者でないことを際立たせていた。

 それにしても、小佐吉は歩きながら考える。

 この道の先に果たして道場などあったであろうか、この少年がどこへ向かっているのか見当がつかなかった。そもそもこの辺りに道場などあっただろうか、この先にあるのは新選組の……

 そのような事を考えていると、少年の歩が止まった。

「よし、着いたよ」

 なんと、屯所へ戻って来たではないか。

「ここが、道場ですか」

 言っていて何だが、愚かな質問だと思った。誰がどう見ても道場などではない。

 確かに自分は使ったことは無い(使わせてもらえない)が、訓練場のような場所はあったかもしれないけれども。

「あ、そうでした。泥棒を捕まえたのでしたね。道場は別の場所にあるのですね」

「うん、何を言ってるんだい。泥棒捕縛の用事も出来たしウチにおいでよっていったじゃないか。そういえば名乗っていなかったね、僕は……」

 その時丁度、小佐吉に用事を頼んだ隊士が門前にやって来た。

「おい、使いは済んだのか。あっ、藤堂さんお帰りですか」

 今なんと?

 少年はこちらを振り向くと屈託のない笑顔で紹介した。

「ウチの1人だったんだね。僕は新撰組八番隊隊長、藤堂平助藤原宜虎だよ。よろしくね。」

 

 その後、小佐吉は藤堂に連れられて訓練場で剣術の指導を受けることが出来た。竹刀を使った打ち込みを行った後、模擬戦を誘われた。どうやらあの墓地での出来事は幹部たちの間では今も話のネタになっているようだ。

 結局、模擬戦で一太刀も藤堂が浴びる事はなかった。小佐吉はといえば、練習にバテて地面に仰向けで倒れている。所詮、我流。動作と隙の無駄の多さを今の光景を物語っている。

「無駄が多いね。でも、身体はしっかりしてるからこれからもっと上手くなるよ」

「作用ですか。藤堂どのはやはりお強いですね、どちらで剣をお学びになったのですか」

「ん、そうだねー江戸に居た時に近藤さんのとこの試衛館で天然理心流も学んだんだけど、はじめは於玉ヶ池の千葉先生の下で北辰一刀流を学んだんだ。因みに山南さんもそこで剣術を学んでいるよ」

 北辰一刀流については小佐吉も故郷の藩で聞いたことがある。それにしても山南どのの剣術もその流派から由来しているとは、これはもっと聞く価値がありそうだ。

「その歳でそれだけの実力者なのですから、江戸の道場に居た頃からさぞお強かったのでしょうね。道場でも敵は居なかったのでないですか」

 藤堂は苦笑いした。

「そんなことはないよ。山南さんも出入りしてたし、何より千葉道場にはもっとすごいのがいたよ。塾頭を務めてた」

 このお二方が認める剣の使い手がいたとは、意外である。

「その人はどんなお方だったのですか」

「土佐訛りの五尺六寸(約170cm)の大男さ、坂本龍馬ってヤツ」

 

(第9話おわり)

歴史SF小説草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第8話

☆就活をしないといけないのにES(エントリーシート)の代わりに小説を書いているいがもっちです。小説には緩やかというか雑味になる箇所が必要だと個人的には思っています。今回の話はその雑味にあたる部分です。
 
「う〜〜、やはり朝はとりわけ寒いですな」
 小佐吉は屯所の庭掃除をしていた。
 庭一面には落葉が敷き詰められていた。
 秋は終わり冬を迎えようとしている。
「憧れの新撰組に入ったのはいいものの、こう毎日毎日雑用ばかりでは気が滅入る」
「おい、そこの小者。ちょっと御使いに行ってきてくれ」
 縁側から隊士の一人に声をかけられる。
「ははっ」
 内心では「俺は召使いではないぞ」と思いながらも小佐吉は従うしかなかった。
 
「あとは味噌でござるか……」
 小佐吉は風呂敷を片手に街中を歩く。
「きゃっ!」
 女性が悲鳴が聞こえて、振り向くと女性が倒れている。その女性から離れるように男が走っていくのが見えた。
「泥棒でぃ。とっつかまえろ」
 女性の周囲にいた人が女性の代わりに叫んだ。
 どうやらひったくりらしかった。
「こらっ、待たぬか!」
 事情がわかると同時に小佐吉は盗人を追いかけ始めた。
 街中を駆け巡る盗人と小佐吉。
 かれこれ10分以上は走っただろうか。
 盗人が左折する。小佐吉もそれについていく。
 そこは袋小路だった。
「くそっ」
 盗人は舌打ちし小佐吉の方を脇差を抜いた。
「容赦せぬぞ……あっ」
 小佐吉は庭掃除しているときに御使いを頼まれそのまま出てきたためで刀を携帯してなかった。
 盗人が刀を構えてこっちに向かってくる。小佐吉はたまらず背を向け逃亡する。
「うぉわ」
 突如、後ろから悲鳴が聞こえた。
 見ると自分ほどの身長の小童が盗人の剣を弾き、腕に一太刀を浴びせていた。一体どこから現れたのだろうか? 塀の上からでも現れたのか。
「盗みは良くないよ〜。自分でちゃんと稼ごうね」
 少年はべろっと舌を出す。
「大丈夫? 怪我とかない」
 少年はアフターケアも忘れず小佐吉の身を気遣った。
「助かりました。お強いですな」
「あんなのいつもの稽古に比べれば朝飯前だよ。君もなかなか勇敢だねぇ。刀なしで立ち向かうとは」
「いえいえ、それはもう性分でございますので。悪をほっとけないたちでして。ただ強くはないのでそれは考えものですが……」
「ふーん。とりあえずこいつとっ捕まえたことだしさ。うちにきなよ。こいつ連れてかないとだし。これも何かの縁だしいっちょ稽古つけてあげようか」
 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』第7話

●担当はゴクツブシ米太郎です。新撰組のメンツのうち、土方や沖田がなかなか出ずに山南や斉藤といった外堀から埋めてく感じ、僕はけっこう好きです。

 

 

佐久間象山殿、ですか……」

 小佐吉は深呼吸をして、震える舌を落ち着かせると、何とか言葉をひねり出した。

「確か昨年、異人の艦隊が来航した折に門弟の一人が密航を企てた咎で、幕府より蟄居を命ぜられたと聞き及んでおりましたが……」

「その命が解かれたのだ。象山に学問の教えを乞いたいという、慶喜公のご意向でな」

 山南総長は、ぎちぎちに畏まっている小佐吉と隆晴を眺めながら、足をくずして話し出した。

「あと数ヶ月経てば、象山は京へやって来る。啓之助とかいう倅を連れてね。象山はどうやら倅をこの新撰組に入れたいらしい。うちとしては、啓之助をツテにして象山に近づく好機というわけだ」

「総長、左様な内秘をこやつらなんぞに聞かせては……」

 苦い口調でたしなめる斎藤に、山南総長は涼しい顔を向けた。

「かまわんさ。この子らの首が刎ねられるのも時間の問題だからね。土方くんが見廻りから戻ってこの子らの存在を知ったら、発する言葉はひとつ、『斬れ』しかないだろうから」

 ぐえっ、と鴨が首を絞められたような声が小佐吉の隣でした。見ると、隆晴が真っ青な顔で口もとを押さえて震えている。それを見た小佐吉は頭で畳をかち割らんばかりの勢いで平伏すると、大音声を発した。

「恐れながら! 申し上げたき由がございまする!」

「悪いが、君ばかりと話している時間はない。目を通さないといけない書類が山ほどあるし、岡田以蔵についての調査も進めないとね」

 さらりと受け流して立ち上がった山南の足もとに小佐吉はにじり寄り、再び頭を畳に擦りつけた。

「夜遊びの咎で斬り捨てる位ならば、この小佐吉を新撰組のためにお使い下さいませ! 屯所に幽閉され、さながら奴隷畜生のごとく扱われたとて、この身、新撰組に忠を尽くせるならば過分の幸せにございます!」

「幸せ? 君はこの新撰組に生きる幸せを見出そうとしているのか? 見くびってもらっては困るな。我々の仕事は時に、畜生も恐れる地獄を味わうことと心得たまえ。幸せの花など咲かぬ、暗い地獄の果てだよ」

 そう切り返して歩き去ろうとした山南の足を、小佐吉は激するあまりにむんずとつかもうとした。が、慌てて思いとどまり、宙に浮いた手でがむしゃらに畳をバン、と叩いた。

「地獄なれど大地はあるかと存知まする! さらばこの小佐吉、幸せの種を蒔いて小便でも引っ掛けて、綺麗な花を咲かせてご覧にいれましょう!」

 この無我夢中の抗弁には、さすがの山南総長も斎藤も、失笑を禁じえなかった。

「そうかね。ぜひとも、君の小汚い小便で育った花を見てみたいものだな。仕方ない、君らの助命嘆願を私から土方くんに申し出てみるとしよう」

 山南はそう言うと、這いつくばった小佐吉の傍らで、小さくなっている隆晴に視線を移した。

「そこの坊ちゃんはどうするかな?」

「ぼ、僕は――」

 しどろもどろする隆晴に代わって、小佐吉が先ほどとはうって変わって、明朗な口振りで、静かに答えた。

「この御仁は拙者が出来心で連れ出して来たに過ぎませぬ。富裕の町人の家に生まれながら学も才もない愚鈍な童なれば、今宵起こったことをこれっぽっちも理解できていないはずでございます。そもそも、この御仁の矮小なる脳みそは一晩寝れば昨日までのことなど一切忘れてしまっているゆえ、このまま帰らせたとて、何の問題もありますまい」

「何を言ってるんだ、小佐吉!?」

 散々な言い草に逆上しかけた隆晴を、山南はまぁまぁと宥めて、

「小佐吉、君がこの坊ちゃんを守らんとする気持ちはよく分かった。しかし、一応、土方くんたちの耳に入れておかねばな。坊ちゃんの処遇はそれからだ」

 一方、斉藤は小佐吉の一連の行動を傍目に見ながら、不思議な気分に捉われていた。

 ――この小佐吉とかいう得体の知れない男、見覚えがあると思ったが、数ヶ月前、入隊試験で落第にしたやつではないか。あのとき見た限りでは、剣術はからっきしだったが、今の様子から察するに、それとは別の才を持っているのかもしれん。何と言ったらいいのだろうな、「人を動かす才」とでも言おうか。もしかすると、山南総長もそれを試して……?

 

 数時間後、屯所に帰って来た近藤、土方両名に小佐吉たちの助命嘆願が聞き入れられた。小佐吉の必死な熱意が伝わった、というわけではなく、近藤と土方は、同刻にたまたま発生した攘夷浪士たちの殺傷事件の対応に追われて、それどころではなかったのである。

とにかく、釈然としない形ではあったが、小佐吉は晴れて新撰組の仲間入りを果たした。

職階は一般隊士以下の雑用係。斉藤一が隊長を務める三番隊預かりの身となった。

「僕も雑用係でいいから、小佐吉と一緒に新撰組に入りたかったのに……」

 夜も明けようかという頃、屯所の門の前で見送られながら、隆晴が口惜しそうにつぶやいた。小佐吉は頭を振って反駁する。

「なりませぬ、なりませぬ。若様のように立派なご身分の方が、雑用係としてこき使われている等という噂が広まれば、梶尾家の名に傷がつきまする」

「そんなの僕が気にしないこと、知ってるくせに。小佐吉はずるい……」

「左様ですな。拙者はずるい。うまいこと裏口入隊してしまったわけですから。せめて若様だけでもいつか、堂々と試験に及第して入隊を果たして下さいませ。それが、若様の道でございますれば……」

「道、かぁ」

 隆晴の脳裏に、頑固な父親の顔がスッと浮かんだ。隆晴はそれを頭の隅に追いやると、努めて朗らかに言った。

「小佐吉の道も大変だと思うけど、マジ頑張って」

「ありがとうございます」

 小佐吉は頭を深々と下げた。小佐吉に背を向けた隆晴の目に、東の空から顔を出した朝日がしみた。隆晴は忌々しそうに目を細めると、自宅に向かって足早に歩き出した。

 

(第7話おわり)

歴史SFリレー小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』第6話

★担当はマーシャルです。いまだに文章になれていません。ですが、バトンを取りこぼすわけには、タイトルが決まり改めてスタートです!

 

「さて、どこから君たちにお話しをしましょうか……」

 小佐吉は今まさに憧れであった新選組の、それも町人からも“サンナンさん”と慕われている総長、山南敬助と対面していた。これまでを考えれば願ってもない事だ。その周りを隊士達が囲って座りこちらを睨みつけるようにしていなければ……。山南さんもその表情は鋭くいかめしい。

 あの後何が何だか分からないまま斬り合いに割って入ったのはいいものの、何が何だか分からないまま相手には逃げられ、今度は周りの浪士に太刀を向けられ何が何だか分からないまま、八木亭こと新選組屯所に連れてこられ、今に至っている。

 道中は(若様が目覚め、一悶着あったものの)皆全くの無言で自分達を襲ったのも、墓場に居たこの集団が新選組だと分かったのも全ては屯所に着いてからの事であった。

 どうしよう、小佐吉はなんとかこの場から穏便に若様と自身を五体満足で(出来れば賢晴様に怒られないよう明け方までに)抜け出せないか脳内を総動員して考えていた。

 恐らく最初に気絶させられたのも、あの場に居た隊士が皆いつもの浅葱色の羽織を着ていなかったのも何かあっての事だ。自分達は見てはならない所を見てしまった。

 若様もそれについては十分理解しているようで、屯所についてからは借りてきた猫のようだ。

「あの、私たちは死児さらいを捕まえたくて」

 とりあえず、なんとか言ってみようと切り出してみた、

「……」

「あ、……」

 しかし、沈黙がそれを許してくれない。静寂は再び保たれる。

 

「先にこちらから君達に色々教えましょう」

 山南さんがようやく沈黙を破った。

「巷の死児さらい、その一部は私たちの行いです」

 なんと!思ってもないことである。まさか、死児さらいの犯人が新選組だったとは

「ですが、我々が死児を集めて回っているのには理由があります」

「理由?」

「はい、お二人は死生術をご存知ですか」

 山南は淡々と問いかける。突然話が変わったことに不意をつかれた。

「シセイジツですか、たしか死者を甦らせる洋学の1つだとか」

 浦賀に黒船が現れて以降、様々な噂が京都でも飛び交っている。

 曰く、“異人は死人を甦らせて使役している”

「おれは清国の道士の術だとか、ブウドゥとかいう南蛮の咒の1つだと聞いたぞ」

 若様が言うように死生術に関してだけでも様々な話しが出回っている、何でも天子様が兵庫港の開港をお許しにならなかったのも、異人が使う穢れた死人を京に入れないためとか、そのような取り留めの無い類いもののはず。それを今、何故?

「死生術は咒ではなく、医学のようなれっきとした学問の一つとして存在しています」

「でも実際に死体が動くなんて」

 にわかには信じがたい事である。

「いえ、君達はもう実際に彼らを見ているはずですよ」

 山南の目は二人をじっと見据えていた。咄嗟に目を他の隊士達に逸らした。

「死者は瞳孔が開いたまま、表情は凍りまばたきもせず、一挙一動に無駄がない」

 まさか、辺りを見回し視線を山南に戻した。

「ええ、この間に居る私とあなた達以外、皆その死人ですよ」

 辺りは一段と静寂となった気が小佐吉には感じられた。

 

浦賀に入ってきた死生術は当初、死人は動きものろく荷物運びなどの雑役しかこなせないような粗末なものでした。ですが、ある学者によって僅か2年と半年後には死人は一見すると生者と同様に動き、また限定的にですが生前体得した技を劣化することなく振るえるようにまでになりました」

 小佐吉と隆晴の戦慄した様子にも関せず、山南の話は続く

「我々の任務はこの技術を奪わんとする不逞浪士共の脅威から京を守り、そして技術の原点を作った学者、佐久間象山の死生技術の写しを回収することにあるのです」

 

(第6話おわり)

リレー小説、タイトル決定

どうも、マーシャルです。ブログ連載のリレー小説のタイトルが決定しました。

 

タイトルは『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』となります!

 

きっと連載を重ねることによって、後から意味がついてくるハズです。

これからも応援よろしくお願いします。

歴史SFリレー小説『(タイトル未定)』第5話

☆いがもっちです。自分の回では時代背景を膨らませる描写が弱くなってしまいがちです。そこが一つ課題ですね。前回、ピンチのノグチ。ノグチの頭に降り掛かるのは刀か? それとも上司たちからのプレッシャーなのか?

 

「しまっーー」

 ノグチはとっさの防御すらとることができない。

「じゃあねぃ♪、お前もばいばい」

 以蔵の刀剣が降り下ろされる。

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歴史SFリレー小説『(タイトル未定)』第4話

●こんにちは。第4話はゴクツブシ米太郎が担当します。バトンがようやく一巡しました。楽しく書きました。物語の全体像がふわっと見えてきたような見えないような、まだつかみどころがないなぁと、そんな感想をもちました。

 

 人呼んで人斬り以蔵――ここ数年、攘夷派の土佐勤王党に与して京都に潜入し、あまたの役人を誅殺してきた第一級の危険人物である。幕府お膝元の新撰組にとっては当然、即刻つぶしてしまいたい目のかたきだった。

――この二、三ヶ月は沙汰も起こさず、杳として姿をくらませていたようだが。

 突如、月明かりの下に姿をさらした以蔵を、山南は注意深く観察する。

 ――意味もなく我々の眼前に現れるような男でもあるまい。

「まだ人斬りって呼ぶのかい? 俺のことを?」

 以蔵は女のように細い指で、着流しの大きく開いた胸元を掻きながら、甲高い哄笑を漏らした。

「近頃はさぁ、人でもねぇようなものばかり斬ってる気がするけどねぇ。そっちのほうがおもしれぇから、もう人を斬るんじゃ物足りんかもねぇ」

 総長、下がってください、と若い隊士が一人、山南の前にずいと進み出て刀を構えた。血気盛んなこの若者は、一思いに以蔵を斬り伏せるつもりらしい。山南は反射的に叫んでいた。

「ばか、よせ!」

「さよーなら」

 そうつぶやいた以蔵の抜いた刀が蛇のようにしなって若い隊士の身体を打った、

 打たれた隊士は血しぶきを噴いてくずおれた。

 胸から腸まで届く長い裂傷が刻まれたその身体は、一瞬にして事切れていた。

「山南さんっ」

 ノグチが有無を言わさぬ調子で山南を庇わんと後ろに押しやり、以蔵の前に立ちはだかる。以蔵はノグチを指差してにたりと笑った。

「そう、お前みたいなやつと話がしたかったんだ。京の大人たちの流行り唄で耳にしてねぇ、『生きてもつまらん往(い)んだろか 往んでも逃げれん生き地獄 骸(むくろ)を誰かが掘り出して 虚ろな遊びをしたるんか♪』ってねぇ。見るにつけ、お前が蘇らされた死体ってとこだろう?」

「お前なんぞに教えることなど何も無い。覚悟して散れ!」

 ノグチは風のごとき速さで以蔵との間合いを詰めると、刀を振りかぶった。以蔵はひらりとかわして反撃の一太刀をノグチに浴びせる。しかし、それが見切れぬノグチではない。身体をよじって刀で受け止めた。鍔迫り合い、金属の軋む音が静かな墓地に響き渡る。

 ノグチは怒鳴った。

「岡田、貴様の狙いは何だ!? 京の都に何の用がある?」

「狙い、というかまぁ、そうだねぇ……。お前たちのやってることが生者の再利用だとするならば、俺たちのほうは……死が生の次のステージになるというか……。そういうことかもしれないねぇ」

「何だと?」

 予想外の回答に集中力が途切れたノグチの隙をつき、以蔵がノグチの足を払う。

「しまっ――」

転んだノグチの頭上から、真っ直ぐ刀が振り下ろされた――

 

(第4話おわり)