歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of blood〜』 第11話

いがもっちです。今回はいきなり本文から入ります。

※元治元年、7月19日。この日、歴史にも残るとなる事件が起きた。

禁門の変、改め蛤御門の戦いである。

池田屋事件の一件以来、悪役として睨まれていた長州藩は罪の回復のために朝廷に許しを請う。

朝廷内部においても長州藩擁護派と長州藩討伐に別れ、最終的に会津藩擁護の孝明天皇の命によって長州討伐という強硬策を取るのであった。

長州藩尊王攘夷派リーダーである久坂玄瑞は朝廷の京からの退去命令に従おうとしたのだが、仲間たちの進発におされ京へ挙兵することとなった。

 

 新撰組は自陣にて待機をしていた。

 白い幕張の内側では近藤、土方、山南、武田などの幹部が戦の作戦会議を開いている。

新撰組彦根藩大垣藩の後方か。功績をあげるのは難しそうだな」

 近藤が腕を組んで思案する。

「ええ、先の池田屋の一件で長州は新撰組(うち)を目の敵にしているでしょうから、会津藩が取り計らってくれたのでしょう」

 武田がことの説明を行う。

「いらんお世話だな。こんな戦、俺たちだけで8割方片付けることができる。戦が始まり次第、前線へ乗り込むまでだ」

 土方はドスの効いた低い声で言い放つ。声からして多少のイラつきを見せていた。

「さらに長州は屍兵を寄せ付けないため京に火を払っていると聞きます」

 山南が情報を付け加える。

「屍人は火が苦手だからな。新撰組(うち)の屍兵も今回の戦に出すのは厳しいやもしれんな」
 近藤は考えあぐねている。

「さて、どうやって俺たちも戦場に赴いたものか……」

 その会議の様子を側から見ていた小佐吉はある考えを思いつき実行に移す。

「三浦殿」

「あーんなんだ?」
 戦が待ちきれないのか佐久間象山の息子、三浦は剣を見入っていた。三浦の付近には切断された蟻や昆虫の死骸が転がっている。

「なんだ小佐吉。おめーか。戦はまだ始まんねーのか?」

「まだでございます。三浦殿、私にいい考えがあるのですが……」

 小佐吉は自分の考えを三浦に伝える。

「それにいったい何の意味があんだよ?」

新撰組が合法的に戦を始めることができまする。さらに三浦殿。あなたが武功を挙げられますぞ」

 小佐吉はニヤッと笑った。

「なんだてめーは。しょーもねーやつと思ってたけど、物分かりがいいじゃねーか。意外と悪ガキだな」
 三浦もハッハと笑う。

「小佐吉でございまする。少々よろしいでしょうか?」

 小佐吉が片膝をつき幹部たちの会議に割り込んだ。

「どうした?」

 顔見知りの山南が尋ねた。

「先ほど三浦殿が先行してへ九条河原へと切り込みに行きました」

「なんだと!? まだ出動の知らせもきていないというのに。あいつは次から次へと」

 近藤は困惑した表情になる。

「はい。しかし、こうなってはやむを得ません。これを機に三浦殿を止めにいくという形で我々も向かうのはいかがでございますか?」

 一同はしばらくの間話し合ったが結局小佐吉のいう通りにすることに決めた。

 出陣すると決まった時に小佐吉がニヤリと笑ったのを山南は見逃さなかった。

 ……やはりこの子はどうやら只者ではありませんね。

 

 九条河原に出陣するとそこには数多くの長州の屍があった。

「おうっ、小佐吉遅かったな」

 長州勢の屍の中で三浦はあぐらをかいて座っていた。新撰組の先頭を走る小佐吉へと手を挙げた。

 三浦の元へ近藤が鬼のような形相でづかづかと歩いていく。

「お前はなぜこうも決まりを守れない! 組織というのは一人で動いているもんじゃないんだ。そして一人一人の行動には連帯責任が伴う!」

 近藤の説教にも三浦は反省の色を見せない。

「へへっ、いいじゃないですか、局長。目的は長州討伐。例え指示を破ってもそれに加担してればそう咎められますまい」

「次からは指示なしで行動するんじゃない。いいな?」

 近藤は経験上これ以上言っても無駄だとわかり説得を諦めた。

「ヘイヘーイ。そういえば、そういえばさっきおもしれぇ情報が手に入りやしたぜ」

「なんだ?」

「久坂や寺島?だっけか。長州の首が揃って鷹司邸へと潜ったらしいでっせ。なんでも鷹司邸ってのは朝廷たちのおわすところと聞きやすじゃないっすか……」

 

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第10話

●祝・『ガキの使い』フリートーク復活。トーク中に転がり出てくるあのトリッキーな発想を勉強して、小説に活かしたいと思いました。

 

 

 この国には、新撰組隊士よりも剣に優れた者がいる――藤堂との会話によって脳の真ん中に植え付けられたその発想は、小佐吉をいよいよ発奮させた。近頃、雑用の合間に一心不乱に木刀を振っては夢心地に顔を輝かせている小佐吉の様子が、隊士たちのあいだで小さな噂となっている。

坂本龍馬か……。いつか、手合わせ願いたいものですなぁ」

 頬を高潮させ、ひとりごちる小佐吉を、藤堂がニタニタ笑いながら囃し立てる。

「ムリだよ、ムリ。小佐吉もといザコ吉なんか、一太刀でねじ伏せられて終いだよ」

「それほど強いのですか、坂本は」

 小佐吉が身を乗り出して問うと、藤堂は満更でもなさそうに坂本の武勇伝を一つ、二つ披露してくれる。そのエピソードを脳内で反芻するあまり、小佐吉はついに自分が坂本に生まれ変わって、黒船を一刀両断して海に沈める夢まで見るにいたった。

 

 新撰組の朝は早いが、小佐吉は最近、起床時間の二時間前には目があいている。

なんとなく不安に駆られて起き上がるとすでに、頭には剣のことが浮かんでいるのだ。

 雑魚寝している他の者に気付かれぬよう、音を立てずに庭へ飛び出すと、小佐吉は心の中で雄叫びを上げながら木刀をふるう。

 ――隆晴殿、見ていてくだされ。拙者は鍛錬を積んで、日本一の剣豪に成り上がってみせまするぞ!

「あんな無茶苦茶な身体の使い方をしては、長く持ちますまい」

 小佐吉の朝練をいち早く察知して、障子の隙間からひっそりと見守る斎藤一がぼそぼそつぶやいた。

「それに、あいつには剣の才能は無い。立身の道すじを選び誤れば、迷子になって腐るだけでしょう」

「まぁまぁ、もう少し見ていましょう」

 斎藤の隣で山南総長がさとすように言った。

「彼には迷子になったら、自分で道をこしらえて走りだしかねない生命力がありますからね」

 

 朝も晩も剣、剣と猛進する日々が数ヶ月つづいたある日。夜明け前の澄んだ寒さに粟立つ肌をさすりながら、小佐吉が朝練をはじめようとしたとき、

「おい、そこの」

 と、正門のほうで誰かの呼ぶ声がした。

 見れば、目と顎の尖った、どことなく人相のよくない若い男が門の上に身を乗り出して、小佐吉を手招いていた。

「俺が来るって話は聞いてるだろ? 門を開けな」

「失礼ですが、どなた様でございましょう」

「あんだと? 俺は今日から新撰組に入隊する三浦啓之助だ。あの偉大な佐久間象山を父に持つ男だぞ」

 三浦啓之助。本名を佐久間恪二郎という。将軍慶喜公付きの講師に抜擢された佐久間象山のせがれが父にくっついて上京し、新撰組に入隊することになったという話を、小佐吉はようやく思い出した。

 改めて観察すれば、顔つきこそわるいが身なりは上品で、不自由のない暮らしをしている様子が察せられる。

「これはこれは、無礼をお許しあれ。かような時刻においでになるとは露知らず……」

 小佐吉の弁解を、三浦は一笑に付した。

「今日来るっつってんだから、何時に来ようが俺の勝手だろ」

 いいから早く門を開けろ、と三浦が命令口調で告げるのに小佐吉は黙って従った。

「ありがとうよ。ま、今日から厄介になるんでな、よろしく頼むぜ」

 三浦はそう言って小佐吉に握手を求めた。

 存外、最低限の礼儀は持ち合わせているようだ。

 小佐吉は差し出されるままに、手を重ねようとした――

 刹那、三浦の袖口から小刀がぴゅん、と飛び出し、あやうく小佐吉の手を切り裂きかけた。驚いた小佐吉は小さく叫んでとびずさる。三浦は乾いた笑い声を上げて言った。

「天下の新撰組隊士ともあろう者が、初対面の人間にそう気安く心を開いてどうする。ったく、ざまぁねぇな」

 小佐吉は唖然と三浦の顔を見つめるほかなかった。

 夜が明けると、三浦は新撰組全体の前で紹介された。

 平穏無事に済ませばよいものを、三浦は、その場が凍りつくようなことをやらかしたのだった。

「エー、俺の剣の腕を諸君に証明するためにだね、浪人の首でも狩って土産にしようと思ったんだが、生憎、見当たらんでねぇ。代わりにコレを――」

 そう言って、三浦が麻袋をひっくり返すと、中から兎の頭がごろごろ転がり出てきたのである。その数、二十、いや三十はあろうか。

しなびた耳から白く濁った目玉にまで、血のりがべっとりとこびりついて悪臭を放ち、とても正視できたものではない。

「とんでもない輩が入隊しやがったな」

 屍番のノグチは嗅覚を失って久しいのに、思わず鼻を押さえながらぼやいた。その隣で、小佐吉がもぞり、と動いた。彼は、まるでジャガイモでも拾うかのような身振りで兎の頭を麻袋に戻している三浦を眺めながら、ひとりごちた。

「うーむ、どうにかしてあの男、利用できなんだか……」

 

(第10話おわり)

歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』 第9話

★マーシャルです。自分の幕末モノのバイブルは『お~い!竜馬』です。肝心の新撰組については実はあまり……、『PEACE MAKER鐵』とか読もうと思います。

 

 小佐吉はその後、件の少年と道を共にしていた。彼の腕は確かなものであるし、このまま四六時中、雑用仕事ばかりでは到底、剣技など上達しないのは明らかであった。

 先ほどの技の所作を見れば少年が自分とは違い、何かしらの流派を極めている事は明らかであるし、何より今もこうしてその体躯ながら泥棒を軽々と担いでいる事も彼が唯者でないことを際立たせていた。

 それにしても、小佐吉は歩きながら考える。

 この道の先に果たして道場などあったであろうか、この少年がどこへ向かっているのか見当がつかなかった。そもそもこの辺りに道場などあっただろうか、この先にあるのは新選組の……

 そのような事を考えていると、少年の歩が止まった。

「よし、着いたよ」

 なんと、屯所へ戻って来たではないか。

「ここが、道場ですか」

 言っていて何だが、愚かな質問だと思った。誰がどう見ても道場などではない。

 確かに自分は使ったことは無い(使わせてもらえない)が、訓練場のような場所はあったかもしれないけれども。

「あ、そうでした。泥棒を捕まえたのでしたね。道場は別の場所にあるのですね」

「うん、何を言ってるんだい。泥棒捕縛の用事も出来たしウチにおいでよっていったじゃないか。そういえば名乗っていなかったね、僕は……」

 その時丁度、小佐吉に用事を頼んだ隊士が門前にやって来た。

「おい、使いは済んだのか。あっ、藤堂さんお帰りですか」

 今なんと?

 少年はこちらを振り向くと屈託のない笑顔で紹介した。

「ウチの1人だったんだね。僕は新撰組八番隊隊長、藤堂平助藤原宜虎だよ。よろしくね。」

 

 その後、小佐吉は藤堂に連れられて訓練場で剣術の指導を受けることが出来た。竹刀を使った打ち込みを行った後、模擬戦を誘われた。どうやらあの墓地での出来事は幹部たちの間では今も話のネタになっているようだ。

 結局、模擬戦で一太刀も藤堂が浴びる事はなかった。小佐吉はといえば、練習にバテて地面に仰向けで倒れている。所詮、我流。動作と隙の無駄の多さを今の光景を物語っている。

「無駄が多いね。でも、身体はしっかりしてるからこれからもっと上手くなるよ」

「作用ですか。藤堂どのはやはりお強いですね、どちらで剣をお学びになったのですか」

「ん、そうだねー江戸に居た時に近藤さんのとこの試衛館で天然理心流も学んだんだけど、はじめは於玉ヶ池の千葉先生の下で北辰一刀流を学んだんだ。因みに山南さんもそこで剣術を学んでいるよ」

 北辰一刀流については小佐吉も故郷の藩で聞いたことがある。それにしても山南どのの剣術もその流派から由来しているとは、これはもっと聞く価値がありそうだ。

「その歳でそれだけの実力者なのですから、江戸の道場に居た頃からさぞお強かったのでしょうね。道場でも敵は居なかったのでないですか」

 藤堂は苦笑いした。

「そんなことはないよ。山南さんも出入りしてたし、何より千葉道場にはもっとすごいのがいたよ。塾頭を務めてた」

 このお二方が認める剣の使い手がいたとは、意外である。

「その人はどんなお方だったのですか」

「土佐訛りの五尺六寸(約170cm)の大男さ、坂本龍馬ってヤツ」

 

(第9話おわり)

歴史SF小説草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第8話

☆就活をしないといけないのにES(エントリーシート)の代わりに小説を書いているいがもっちです。小説には緩やかというか雑味になる箇所が必要だと個人的には思っています。今回の話はその雑味にあたる部分です。
 
「う〜〜、やはり朝はとりわけ寒いですな」
 小佐吉は屯所の庭掃除をしていた。
 庭一面には落葉が敷き詰められていた。
 秋は終わり冬を迎えようとしている。
「憧れの新撰組に入ったのはいいものの、こう毎日毎日雑用ばかりでは気が滅入る」
「おい、そこの小者。ちょっと御使いに行ってきてくれ」
 縁側から隊士の一人に声をかけられる。
「ははっ」
 内心では「俺は召使いではないぞ」と思いながらも小佐吉は従うしかなかった。
 
「あとは味噌でござるか……」
 小佐吉は風呂敷を片手に街中を歩く。
「きゃっ!」
 女性が悲鳴が聞こえて、振り向くと女性が倒れている。その女性から離れるように男が走っていくのが見えた。
「泥棒でぃ。とっつかまえろ」
 女性の周囲にいた人が女性の代わりに叫んだ。
 どうやらひったくりらしかった。
「こらっ、待たぬか!」
 事情がわかると同時に小佐吉は盗人を追いかけ始めた。
 街中を駆け巡る盗人と小佐吉。
 かれこれ10分以上は走っただろうか。
 盗人が左折する。小佐吉もそれについていく。
 そこは袋小路だった。
「くそっ」
 盗人は舌打ちし小佐吉の方を脇差を抜いた。
「容赦せぬぞ……あっ」
 小佐吉は庭掃除しているときに御使いを頼まれそのまま出てきたためで刀を携帯してなかった。
 盗人が刀を構えてこっちに向かってくる。小佐吉はたまらず背を向け逃亡する。
「うぉわ」
 突如、後ろから悲鳴が聞こえた。
 見ると自分ほどの身長の小童が盗人の剣を弾き、腕に一太刀を浴びせていた。一体どこから現れたのだろうか? 塀の上からでも現れたのか。
「盗みは良くないよ〜。自分でちゃんと稼ごうね」
 少年はべろっと舌を出す。
「大丈夫? 怪我とかない」
 少年はアフターケアも忘れず小佐吉の身を気遣った。
「助かりました。お強いですな」
「あんなのいつもの稽古に比べれば朝飯前だよ。君もなかなか勇敢だねぇ。刀なしで立ち向かうとは」
「いえいえ、それはもう性分でございますので。悪をほっとけないたちでして。ただ強くはないのでそれは考えものですが……」
「ふーん。とりあえずこいつとっ捕まえたことだしさ。うちにきなよ。こいつ連れてかないとだし。これも何かの縁だしいっちょ稽古つけてあげようか」
 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』第7話

●担当はゴクツブシ米太郎です。新撰組のメンツのうち、土方や沖田がなかなか出ずに山南や斉藤といった外堀から埋めてく感じ、僕はけっこう好きです。

 

 

佐久間象山殿、ですか……」

 小佐吉は深呼吸をして、震える舌を落ち着かせると、何とか言葉をひねり出した。

「確か昨年、異人の艦隊が来航した折に門弟の一人が密航を企てた咎で、幕府より蟄居を命ぜられたと聞き及んでおりましたが……」

「その命が解かれたのだ。象山に学問の教えを乞いたいという、慶喜公のご意向でな」

 山南総長は、ぎちぎちに畏まっている小佐吉と隆晴を眺めながら、足をくずして話し出した。

「あと数ヶ月経てば、象山は京へやって来る。啓之助とかいう倅を連れてね。象山はどうやら倅をこの新撰組に入れたいらしい。うちとしては、啓之助をツテにして象山に近づく好機というわけだ」

「総長、左様な内秘をこやつらなんぞに聞かせては……」

 苦い口調でたしなめる斎藤に、山南総長は涼しい顔を向けた。

「かまわんさ。この子らの首が刎ねられるのも時間の問題だからね。土方くんが見廻りから戻ってこの子らの存在を知ったら、発する言葉はひとつ、『斬れ』しかないだろうから」

 ぐえっ、と鴨が首を絞められたような声が小佐吉の隣でした。見ると、隆晴が真っ青な顔で口もとを押さえて震えている。それを見た小佐吉は頭で畳をかち割らんばかりの勢いで平伏すると、大音声を発した。

「恐れながら! 申し上げたき由がございまする!」

「悪いが、君ばかりと話している時間はない。目を通さないといけない書類が山ほどあるし、岡田以蔵についての調査も進めないとね」

 さらりと受け流して立ち上がった山南の足もとに小佐吉はにじり寄り、再び頭を畳に擦りつけた。

「夜遊びの咎で斬り捨てる位ならば、この小佐吉を新撰組のためにお使い下さいませ! 屯所に幽閉され、さながら奴隷畜生のごとく扱われたとて、この身、新撰組に忠を尽くせるならば過分の幸せにございます!」

「幸せ? 君はこの新撰組に生きる幸せを見出そうとしているのか? 見くびってもらっては困るな。我々の仕事は時に、畜生も恐れる地獄を味わうことと心得たまえ。幸せの花など咲かぬ、暗い地獄の果てだよ」

 そう切り返して歩き去ろうとした山南の足を、小佐吉は激するあまりにむんずとつかもうとした。が、慌てて思いとどまり、宙に浮いた手でがむしゃらに畳をバン、と叩いた。

「地獄なれど大地はあるかと存知まする! さらばこの小佐吉、幸せの種を蒔いて小便でも引っ掛けて、綺麗な花を咲かせてご覧にいれましょう!」

 この無我夢中の抗弁には、さすがの山南総長も斎藤も、失笑を禁じえなかった。

「そうかね。ぜひとも、君の小汚い小便で育った花を見てみたいものだな。仕方ない、君らの助命嘆願を私から土方くんに申し出てみるとしよう」

 山南はそう言うと、這いつくばった小佐吉の傍らで、小さくなっている隆晴に視線を移した。

「そこの坊ちゃんはどうするかな?」

「ぼ、僕は――」

 しどろもどろする隆晴に代わって、小佐吉が先ほどとはうって変わって、明朗な口振りで、静かに答えた。

「この御仁は拙者が出来心で連れ出して来たに過ぎませぬ。富裕の町人の家に生まれながら学も才もない愚鈍な童なれば、今宵起こったことをこれっぽっちも理解できていないはずでございます。そもそも、この御仁の矮小なる脳みそは一晩寝れば昨日までのことなど一切忘れてしまっているゆえ、このまま帰らせたとて、何の問題もありますまい」

「何を言ってるんだ、小佐吉!?」

 散々な言い草に逆上しかけた隆晴を、山南はまぁまぁと宥めて、

「小佐吉、君がこの坊ちゃんを守らんとする気持ちはよく分かった。しかし、一応、土方くんたちの耳に入れておかねばな。坊ちゃんの処遇はそれからだ」

 一方、斉藤は小佐吉の一連の行動を傍目に見ながら、不思議な気分に捉われていた。

 ――この小佐吉とかいう得体の知れない男、見覚えがあると思ったが、数ヶ月前、入隊試験で落第にしたやつではないか。あのとき見た限りでは、剣術はからっきしだったが、今の様子から察するに、それとは別の才を持っているのかもしれん。何と言ったらいいのだろうな、「人を動かす才」とでも言おうか。もしかすると、山南総長もそれを試して……?

 

 数時間後、屯所に帰って来た近藤、土方両名に小佐吉たちの助命嘆願が聞き入れられた。小佐吉の必死な熱意が伝わった、というわけではなく、近藤と土方は、同刻にたまたま発生した攘夷浪士たちの殺傷事件の対応に追われて、それどころではなかったのである。

とにかく、釈然としない形ではあったが、小佐吉は晴れて新撰組の仲間入りを果たした。

職階は一般隊士以下の雑用係。斉藤一が隊長を務める三番隊預かりの身となった。

「僕も雑用係でいいから、小佐吉と一緒に新撰組に入りたかったのに……」

 夜も明けようかという頃、屯所の門の前で見送られながら、隆晴が口惜しそうにつぶやいた。小佐吉は頭を振って反駁する。

「なりませぬ、なりませぬ。若様のように立派なご身分の方が、雑用係としてこき使われている等という噂が広まれば、梶尾家の名に傷がつきまする」

「そんなの僕が気にしないこと、知ってるくせに。小佐吉はずるい……」

「左様ですな。拙者はずるい。うまいこと裏口入隊してしまったわけですから。せめて若様だけでもいつか、堂々と試験に及第して入隊を果たして下さいませ。それが、若様の道でございますれば……」

「道、かぁ」

 隆晴の脳裏に、頑固な父親の顔がスッと浮かんだ。隆晴はそれを頭の隅に追いやると、努めて朗らかに言った。

「小佐吉の道も大変だと思うけど、マジ頑張って」

「ありがとうございます」

 小佐吉は頭を深々と下げた。小佐吉に背を向けた隆晴の目に、東の空から顔を出した朝日がしみた。隆晴は忌々しそうに目を細めると、自宅に向かって足早に歩き出した。

 

(第7話おわり)

歴史SFリレー小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』第6話

★担当はマーシャルです。いまだに文章になれていません。ですが、バトンを取りこぼすわけには、タイトルが決まり改めてスタートです!

 

「さて、どこから君たちにお話しをしましょうか……」

 小佐吉は今まさに憧れであった新選組の、それも町人からも“サンナンさん”と慕われている総長、山南敬助と対面していた。これまでを考えれば願ってもない事だ。その周りを隊士達が囲って座りこちらを睨みつけるようにしていなければ……。山南さんもその表情は鋭くいかめしい。

 あの後何が何だか分からないまま斬り合いに割って入ったのはいいものの、何が何だか分からないまま相手には逃げられ、今度は周りの浪士に太刀を向けられ何が何だか分からないまま、八木亭こと新選組屯所に連れてこられ、今に至っている。

 道中は(若様が目覚め、一悶着あったものの)皆全くの無言で自分達を襲ったのも、墓場に居たこの集団が新選組だと分かったのも全ては屯所に着いてからの事であった。

 どうしよう、小佐吉はなんとかこの場から穏便に若様と自身を五体満足で(出来れば賢晴様に怒られないよう明け方までに)抜け出せないか脳内を総動員して考えていた。

 恐らく最初に気絶させられたのも、あの場に居た隊士が皆いつもの浅葱色の羽織を着ていなかったのも何かあっての事だ。自分達は見てはならない所を見てしまった。

 若様もそれについては十分理解しているようで、屯所についてからは借りてきた猫のようだ。

「あの、私たちは死児さらいを捕まえたくて」

 とりあえず、なんとか言ってみようと切り出してみた、

「……」

「あ、……」

 しかし、沈黙がそれを許してくれない。静寂は再び保たれる。

 

「先にこちらから君達に色々教えましょう」

 山南さんがようやく沈黙を破った。

「巷の死児さらい、その一部は私たちの行いです」

 なんと!思ってもないことである。まさか、死児さらいの犯人が新選組だったとは

「ですが、我々が死児を集めて回っているのには理由があります」

「理由?」

「はい、お二人は死生術をご存知ですか」

 山南は淡々と問いかける。突然話が変わったことに不意をつかれた。

「シセイジツですか、たしか死者を甦らせる洋学の1つだとか」

 浦賀に黒船が現れて以降、様々な噂が京都でも飛び交っている。

 曰く、“異人は死人を甦らせて使役している”

「おれは清国の道士の術だとか、ブウドゥとかいう南蛮の咒の1つだと聞いたぞ」

 若様が言うように死生術に関してだけでも様々な話しが出回っている、何でも天子様が兵庫港の開港をお許しにならなかったのも、異人が使う穢れた死人を京に入れないためとか、そのような取り留めの無い類いもののはず。それを今、何故?

「死生術は咒ではなく、医学のようなれっきとした学問の一つとして存在しています」

「でも実際に死体が動くなんて」

 にわかには信じがたい事である。

「いえ、君達はもう実際に彼らを見ているはずですよ」

 山南の目は二人をじっと見据えていた。咄嗟に目を他の隊士達に逸らした。

「死者は瞳孔が開いたまま、表情は凍りまばたきもせず、一挙一動に無駄がない」

 まさか、辺りを見回し視線を山南に戻した。

「ええ、この間に居る私とあなた達以外、皆その死人ですよ」

 辺りは一段と静寂となった気が小佐吉には感じられた。

 

浦賀に入ってきた死生術は当初、死人は動きものろく荷物運びなどの雑役しかこなせないような粗末なものでした。ですが、ある学者によって僅か2年と半年後には死人は一見すると生者と同様に動き、また限定的にですが生前体得した技を劣化することなく振るえるようにまでになりました」

 小佐吉と隆晴の戦慄した様子にも関せず、山南の話は続く

「我々の任務はこの技術を奪わんとする不逞浪士共の脅威から京を守り、そして技術の原点を作った学者、佐久間象山の死生技術の写しを回収することにあるのです」

 

(第6話おわり)

リレー小説、タイトル決定

どうも、マーシャルです。ブログ連載のリレー小説のタイトルが決定しました。

 

タイトルは『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』となります!

 

きっと連載を重ねることによって、後から意味がついてくるハズです。

これからも応援よろしくお願いします。