歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第19話
●ゴクツブシ米太郎です。ヒートアップして参りました!
「土佐というところは、なかなか面白い土地柄らしくてね。険峻な山や曲がりくねった長い河がもたらす厳しい天災が、負けん気の強い豪胆な快男児を量産するんだと」
竹刀での稽古を終えて、胴着を脱ぎ捨てながら、沖田総司が涼やかな声で小佐吉に話しかけた。稽古の相手を務めた小佐吉はボロ雑巾のように床に伸びていたが、不意に首を上向け、にこりと笑って見せた。
「その土佐が産んだ傑物、坂本龍馬……。一手、仕合(しお)うてもらいたいものでございますな」
「小佐吉もといザコ吉なんて、刀使うまでもなく瞬殺だろうぜ。デコピンで仕舞いよ、デコピンで」
「ハハハ、藤堂どのと同じことを仰いますか。こりゃ手厳しいですなぁ」
たまの休日、何をして時間を使おうかと考えていた小佐吉は、屯所で朝食を食っている最中にふらっと現れた沖田一番隊隊長に稽古をつけてやる、と引っ張り出された挙句、こてんぱんにうちのめされたのだった。
しかし、床に叩き伏せられても小佐吉の心は宙に浮くように軽く、弾んでいる。
小佐吉が救いようのないマゾヒストだったとか、そういう話ではない。もしかするとそうなのかも知れないけれど、少なくとも今回は、彼の性的嗜好と弾む心の因果関係は特にない。
入隊当時は小姓以下の雑用係という身分だった自分が、休日に新撰組一の剣豪と誉めそやされる沖田に稽古を誘われるまでに至ったのだ。身に余る光栄とはまさにこのことであろう。
その高揚感が手伝ってか、山南総長から下った任務のことは伏せつつも坂本龍馬を追うことになるかもしれないということを、小佐吉は沖田に話して聞かせたのだ。
「藤堂……と言えば」
沖田は手ぬぐいで額の汗を拭きながら、独り言のようにつぶやいた。
「最近、彼は伊東さんと親しくしているようだな」
伊東甲子太郎(かしたろう)――つい先日、新撰組に「参謀」という副長と並ぶ破格の待遇で入隊した男だが、これが相当の逸材だった。
千葉周作が拓いた北辰一刀流を若くして修めた剣術の達人でありながら、勤王思想や文学ほか様々な学問に精通した文武両道のスペシャルエリートである。弁舌も巧みで隊士たちを惹きつけ、彼と共に入隊した篠原泰之進らを中心に、すでに「伊東派」なる派閥が沸々と醸成されつつあった。
「伊東どのと藤堂どのは新撰組に入る以前からの付き合いがおありですし、親しくされるのも尤もなのでは?」
小佐吉の問いに沖田はうん、と頷いておきながら、その表情はあまり冴えなかった。
「いやね、最近、山南さんに近い人が段々と離れていってるように見えてね。斎藤さんもここにきて、土方さんの右腕としての頭角を現しはじめた。脱走した隊士の粛清やら政治的な根回しやら、組織が大きくなってきた分、土方さんがこれまでのように一人で切り盛りしきれなくなっていたところを見事に穴埋めするようなあの活躍ぶり。そりゃあ土方さんも重宝するさ」
藤堂は伊東に、斎藤は土方に。力ある者は己の力を増幅させるキーマンをまるで磁石のように引き付け、自分の周りを固めようとしている。そんな中、山南総長が取り残された立場は非常にもろく、危うい。
小佐吉も持ち前の勘のよさで、新撰組内部のそういった事情には感づいてはいたが、あの泰然自若とした山南総長の様子を見ていると、自分がどうすればよいのか、とんと困ってしまうのだった。
「あ、降ってきた」
沖田が軒下から首を伸ばして空を見上げて言った。小粒の雨が庭の赤土にしみ込み湿っていく、しめっぽい匂いを小佐吉が嗅いでいると、沖田がぽつぽつと話し出した。
「水……に喩えるなら、土方さんは滝かね。とめどない勢いで一気呵成に敵を打ち倒し、なぎ払う。人を寄せ付けない厳しさと苛烈さは敵を震え上がらせ、味方を勇気で奮い立たせるのさ。一方、伊東さんは深海だ。極めた剣術と学問は広く深く、その虜になって近づいた人を飲み込んじまう」
「なるほど……」
小佐吉は沖田の横顔をまじまじと見つめた。自分とそう違わぬ年齢の男が、こうも鮮やかに人を評するのを聞いていて、すっかり感心してしまったのだ。
沖田の話は続いた。
「そうすると山南さんはなんだろな、しんと静まり返った、波立たぬ湖水といったところか。人を畏怖させる峻烈さも、魅惑的な底の深さもありゃしねぇ。あるのは壊しがたい静寂だけだ。風が吹いて波立つのさえ惜しまれるような、あの静かさはなんだろな。なんなんだろうな……」
沖田の目がふと小佐吉を見据えた。
「お前さんはなんだい?」
「拙者は、そうですなぁ、この雨にでもなれればと」
「雨?」
「ええ。滝だろうが海だろうが湖だろうが、どんな水の懐にも入っていけるような、自由な雨に」
ふふん、と沖田は愉快そうな笑みを漏らした。
「なに締まりのイイこと言っちゃってんの。うぬぼれがすぎるぜ、お前さんが土方さんたちの懐に、ねぇ」
「それは拙者も同じ思いでございます。今の自分はせいぜい、犬の小便といったところですかな」
今度は、沖田は声を上げて笑った。
「犬の小便でも懐には入れるってかい」
「ええ。ちょいと水が黄ばみはしますが、すぐに馴染むじゃありませんか」
「うふふ、ばかばかしい」
沖田はよいしょ、と立ち上がった。
「こんな雨の日に屯所なんぞにいたら気が滅入る。ひとっ風呂あびたら、町に出て女でも買おうぜ」
そういった遊興が不得手の小佐吉はどう答えたものか逡巡したが、答える前に、沖田の身体が前に傾いで、庭にどしゃりと倒れた。
「……沖田ど……の?」
目の前で起こったことを、しばらく脳が処理できなかった。我に返った小佐吉は沖田の身体を助け起こしながら、叫んだ。
「沖田どの!」
「んや……大丈夫だ、ちょいと眩暈が……。いてっ、右手をすりむいてやがる」
「お待ちくだされ、今、誰か人を呼び――」
「やめろ」
沖田は低くうなるような声で言った。小佐吉はぴたりと口をつぐんだ。さきほど竹刀で受けたどの打撃よりも強く、その声は小佐吉の胸を打った。
「このことを他言したら殺すぞ。…………目ん玉と金玉にデコピン百連発だ」
沖田はゆっくりと起き上がると、濡れた土を衣服から払い落とした。
「最近じゃもう慣れっこなんだ、このくらい。逐一報告してたら、俺は信用を失っちまう。いざ決戦のときに倒れられちゃ困るとか思われてね」
慣れっこになるほど倒れるなど、尋常ではない。医者に診てもらってしっかり療養すべきではないのか。そう思った小佐吉に、沖田は言い放った。
「俺もお前さんとおんなじで、なるなら雨だ。でも、天地がひっくり返るほどの土砂降りじゃなきゃだめなんだ。滝も海も湖も、みんな飲み込んじまうくらいの、でっかいことをやり遂げて、そう、やり遂げたあとでぶっ倒れて死んでしまうってんなら、それはそれでいいんだ。そんときはそれまでさ」
最後は自分に言い聞かせるように喋り終えると、竹刀や胴着も投げ打ったまま、沖田はゆっくりと部屋の奥に歩いていって姿を消した。
同刻、会津藩筆頭家老・秋月悌次郎が京都に構える屋敷では、一人の女が秋月と対座していた。
「ほう……。御庭番の頭目を招いたつもりだったが、これはまた座がずいぶんと艶やかになりますな」
正座してお辞儀をした目の前の女を、秋月は物珍しげに眺めた。
女は楚々とした面持ちで口を開いた。
「お魁(かい)と申します。このたびはかようなご立派なお屋敷にお招き頂き、恐悦至極にございます」
「お魁、お魁かー。お魁ねぇー。なんかごつくて可愛げのない名前だのぅ。よしお前、今すぐ改名せい。『お琴』か『おりん』、好きなほうを選ぶがよい」
「その乾いたワカメみたいなアゴヒゲむしりとるぞ、クソジジイ」
清楚さをかなぐり捨てて突っかかるお魁を、そばに控えていた部下が宥めて座らせる。お魁はコホン、と咳払いひとつして、
「今日はいかな御用で」
「屍生技術、その鍵を握る者たちがおるだろう? 勝麟太郎の弟子たちのことだが」
「勿論、存じております。昨日のことですが、われわれ御庭番に上様直々の下知がございました」
お魁は声をひそめ、告げた。
「屍生技術に関与した疑惑のある者、此れを全て誅殺せよ――こと、勝麟太郎の弟子たちは見つけ次第、早急に始末をつけよと」
「その件についてはわしも、我が主、松平容保から聞き及んでおる。問題はそこではない」
秋月は脚を組み替え、身を乗り出した。
「聞いて驚くなよ。わしは会津藩独自の情報網を使って、弟子の一人の潜伏先を突き止めたのだ」
「何ですって!?」
お魁は思わず声を上げた。こんなにも早く情報をつかむとは、いったいどのような手段を使ったというのだろう。諜報のプロ、御庭番がまだ何も突き止めていない、この段階で。
「驚くなよって言ったじゃーん、お魁はホントあわてんぼさんなんだから、んもー」
「次ふざけたらそのヒゲ燃やすよ?」
悪ノリする秋月に、お魁はぴしゃりと言い放っておいて、
「して、その人物とは?」
「近藤長次郎。土佐藩で饅頭売りを営んでいた若者でな。あの坂本龍馬とかいう胡散臭い輩と親しいらしく、最近は坂本とともに国内外を問わず商人と武器などの取引をはじめたと聞く」
「近藤の潜伏先は、どこなのです?」
「そこについては、我々も取引といこうではないか」
急いて尋ねるお魁を弄ぶかのように、秋月は緩慢な口調で応じた。
「潜伏先を教える代わりに、近藤の身柄を一時、会津藩預かりとしたい」
「しかし、主命は……」
「わしとてそれは心得ておる。最終的には近藤が御庭番に引渡され、その首が刎ねられることに異論は無い。が、屍生技術を知る者すべてを抹殺することは、屍生技術に関する知識を闇に葬り去るに同じ。それはちと勿体なかろう?」
「要するに、秋月様は屍生技術に興味がおありで、関係者である近藤長次郎に色々と尋問なさりたいと?」
お魁はおもむろに立ち上がると、毅然とした態度で言い放った。
「恐縮ながら、主命に背くことは致しかねます。この話はなかったことに」
部下を連れ、きびすを返したお魁の姿が消えると、秋月悌次郎の背後にどこからともなく人の姿が現れた。
「……尾けますか」
「構うな。ああ見えて天下の御庭番。そなたとて返り討ちに会うやも知れぬ」
秋月は顎鬚を撫でながら、
「近藤長次郎は捨て置け。今は泳がせ、宜しき時に大物を釣る餌となってもらおうぞ。……引き続き、もう一人の探索を続けよ」
「御意」
そう、坂本龍馬たちを、屍生技術を追っているのは新撰組だけではなかった。各勢力が己の利益や目論見のため鼻を蠢かせ、今や一触即発の状態であった……。
(第19話おわり)
草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第18話
★マーシャルです。遅筆すまない。『草莽ニ死ス』新章をスタートしたいと思います。お魁をどうも上手く使えないのは仕様では無く、マーシャルの実力がないからです。
「はぁ、すっかり寒ぅなりましたなぁ」
屯所の中で小佐吉は茶を飲み、そう呟いた。鮮やかだった嵐山の紅葉も見頃を過ぎ、冬が近づき始めていた。禁門の変による動乱から、町もようやく落ち着きを取り戻し日常を取り戻ししつつある。
あれ以降、お魁どのとは一度も会っていない。勿論久坂の行方についても不明のままである。
見事活躍を果たした新撰組はその後、小佐吉が知る限り大小様々な変化があった。
1つは新選組そのもの。見事、天子様の敵を追い払ったと都での庶民からの評判は一層、高くなっている。幕府、会津藩からも相当な額の恩賞を受け賜ったとか。これによって、新撰組の拡張拡充が決定し、隊内では大きな人事編成が行われた。
2つは自分がこうしてお茶を啜れることであろう。鷹司邸での功績から小佐吉は一端の隊士として認められるようになっていた。そして、
「まったく、隊士になってもキミは呑気なものだ。ねぇ、藤堂くん」
「えっ、ええそうですね山南さん」
3つ目はこうしてお茶一緒に飲んでいる藤堂どのだ。ノグチどのを失って以来、藤堂どのはどこか無理をしている。聞けばお二人は生前(死後も動いているので何ともヘンであるが)年が近いため仲が良く、沖田どのを交えよく街で遊んでいたとのこと。やはり友を二度も失うというのは応えるモノなのであろう。近藤局長と江戸での隊拡張に関する任務から戻って来られてからも相変わらずのままであった。
山南どのはと言えば、その表情は落ち着き常に冷静沈着としている。しかし、彼自身に何も変化が無かったわけではない。隊の拡充は幹部組織の再編を含んだ大規模なものであった。再編後の山南どのの地位は以前のまま、むしろ屍生技術の調査に専念せよとの命が出ていた。呑気にしているのはむしろ山南どのの方ではないか。
「自分の性分ですからな、それよりも今回の任とはどのようなものですか」
小佐吉は思いを飲み込み、話を切り出した。何も山南らと本当に茶を飲み、世間話をするためにここに居るのではない。彼から直々に呼ばれたのだ、それも内密に。招かれたのは小佐吉と任務から戻ったばかりの藤堂、そして斉藤の3名であった。
「実は禁門の変以降、分からなかった死生技術の行方についてですが新たな情報を入手しました。今回の任務はそれに関しての事です」
やはり、三浦を失って以降、新撰組は死生技術について手を拱いていた。山南どのの部屋には間諜を務める隊士が最近多く出入りしている。ここにきて進展があったのだろう。
「幕府の中でも禁門の変によって状況が大きく変わりました。特に軍艦奉行であった勝海舟が先日、操練所生徒の長州方への参加の責を問われ、江戸に呼び戻されました」
「それが屍生技術とどう関係があるのですか」
「勝は佐久間象山の門弟だ」
無言であった斉藤が今日始めて口を開いた。
「なんと!」
「本題はここからです。実はその勝海舟が江戸に召還される直前、薩摩藩の小松帯刀と密命を結んでいたことが分かりました。その内容は京に潜伏する操練所生徒数名の保護と引き換えに彼らの誰かに託した死生技術の資料を引き渡す事でした。」
「成る程ね、戦争での活躍だけでなく、死生技術までもが薩摩藩の手に渡るのは会津藩ひいては新撰組にとっても不利なことだ、っていうわけだね」
藤堂が口を挟む。確かに死生技術どうこうよりも薩摩が絡むとなると、上の事情も絡んでくるという事だ。ここでの活躍が新撰組の更なる拡充、山南の影響力に繋がっていくというわけだ。
「そうです。薩摩藩や他の追手よりいち早く彼らを捕らえ、死生技術の奪取、及び流出を防ぐことが今回の我々の任務です」
「それはそれは、なんとも我々向きの任務でありますな」
「生徒の人相や特徴は既に一覧にしています。各自、頭に入れておいて下さいね」
山南は紙切れを3人に手渡した。どうやら対象はそれほど多いわけではなさそうだ。
「どれどれ」
小佐吉は一覧の中のある名前に目が留まった。それは以前に藤堂から聞いた名だ。その隣では藤堂も愕然としている。
坂本龍馬 五尺六寸、土佐訛り……
(第18話終わり)
歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of blood〜』 第17話
☆いがもっちです。
お笑いと女の子はその実似ていて、追いかけたら手に入らない。
瞬殺だった。
改めて言おう。
瞬殺であったと。
「畜生。なんだってんであんなおチビちゃんみたいな目に合わないといけないんだ」
瞬殺とは言ったが彼女の息はまだ続いている。
ただ勝負はついていた。
お魁は床にひれ伏しそれを久坂が靴裏で踏んづけているのが今の構図である。
「くくっ、ちょい〜っと本気を出しすぎたかねぇ。女風情に。もしかして軍師的なポジションで戦闘はからっきしだと思っちゃった? 残念だねぇ、それは残念。」
久坂は拳銃を彼女の頭に構え直す。
「参勤交代は帰るまでが参勤交代つってね。無事に帰らないと想定していた物語(けいかく)通り進まないんでね。それにあんたは生かしちゃおけないからね。悪いけどちと力を出させてもらったよ。それじゃあ、後が押してるんでアディオ……」
「うおーーーーー」
突然、不意に、二人の間にそれは回転しながら蹴鞠のように突っ込んでいきました。
得体も知れぬ物体にさすがの久坂も飛び退いた。
「無事でござるか!? お魁どの!」
それは紛れもなく小佐吉だった。片膝立ちでキメたように登場するも全身傷だらけであった。
「どんな登場の仕方!? 山車の車輪でもあるまいし。しかし助かったわ。恩に着る」
「あいもかわらず邪魔をしてくれるねぃ。山を走っていたらことごとく関所に阻まれてしまう間者のような気分だぁ。めんど臭いしもうここまできたらいっそのことみんなで自爆でもしちゃう?」
だるそうに久坂はため息をついた。
「拙者は嫌でござるよ。死に際が薬品の化学反応など。寺子屋で学んだことが死に際になってようやくわかるなんて真っ平御免でござる。もっとも原理などは結局さっぱりでござったが。それに……」
久坂の目が大きく開かれる。彼の腹に白銀の刃が生えていた。
「ガフッ……ねぇ、背後からは卑怯なんじゃないの?」
「斉藤殿がおわします。天に召されるのはそなただけで十分でござるよ」
斉藤が剣を久坂から抜くと久坂は膝から崩れ落ちた。
「これにて一件落着!」
腰に手を当てて小佐吉が威張った。
「まだだ!」
遺体と化したはずの久坂の背中から黒い針金のようなものが貫いて出てくる。斎藤はさすがの反射神経で避けるもかすり傷を負った。
「おいちちちち、あー、痛かったよ。背後から急に刺すとは武士道のかけらもないね。そんなの無視だどうって、痛すぎて面白くないこと言っちゃったよ」
「ヒィー、ゾンビだぁい」
小佐吉がいつになく取り乱した言葉(セリフ)を吐いた。久坂の背から生えた黒い禍々しき棘は羽のように彼の背に収まると同時に傷口が修復し、彼のその眼は真っ赤に充血していた。
「それが噂に聞く“半屍人”ってやつかい?」
お魁がいち早く状況を察知した。
「さすがは幕府お抱えの諜報機関。いや、ニンニンニンジャ様というべきかな」
久坂の言葉を聞いて斎藤はお魁の方を向き、
「お前は……」
「御庭番でござったか」
「……将軍直属の情報収集のスペシャリスト」
「って、山南さま方いつのまに!?」
山南と藤堂が駆けつけていた。ノグチの姿は見えない。
「あー、『申どきくらいだよ全員集合』ってなわけね。どうするもう本当にお茶でもする? それか君たちももういっそのこと会議についてきちゃおうか?」
久坂は天を仰ぎ「あーー」と言って、
「でも俺ってこう見えて遊びとか企画する側じゃなくて誘われたらついていく側なんだよね。だから気が弱い僕ちんは他のみんなの顔色を伺わないと君たちを連れていけないや」
そうして久坂の足元からすごい勢いで煙が渦巻いた。
「煙幕。なんと古典的な手を!」
「今度は本当にアディオス。そうそう。借りた銭とやられた傷は倍にして返せってね。斎藤くん」
それを最後に声が途切れる。
煙幕が晴れた時には久坂は消えていたのだった。
歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第16話
●ゴクツブシ米太郎です。小説における「火のカタルシス」は芥川の『地獄変』とかモームの『月と六ペンス』とか色々あるけれど、いざ自分で書いて見るとやっぱり耽美的な雰囲気を目指してしまいます。そう書かせる火の魔力と言うか魅力と言うか、それに無理やり抗ってみると一風変わった描写が生まれるのかもしれない。
白煙と轟音が鎮まると、小佐吉はおそるおそる目を開けた。とてつもない爆風で後方に吹き飛ばされはしたが、身体は無事のようだ。
「ノグチっち!」
藤堂の叫び声につられて、小佐吉はハッと身体を起こした。まるで崩れかかった城のように、ノグチが片膝をついて頭(こうべ)を垂れている。見るに耐えない無残な姿だった。衣服は剥ぎ飛び、焼け爛れてべろりとめくれ上がった皮膚が宙をそよいでいた。
その様子を見れば、ノグチが何をしたのかを推し量るのは容易かった。
「死人にしかできない戦い方があるんなら、死人にしかできない守り方ってのもあるでしょうよ」
ノグチはびくとも動かず、ひどくかすれた声で言った。屍である彼に痛みを感じるすべはないはずだが、あれほどの爆発を一身に受けては、身体が思うように機能しないのかもしれない。
「ノグチ……。すまなかった……」
斉藤は無念そうに声を漏らした。続けて何かを言いたげに口を開いたが、爆発の火が回って倒れてきた柱をよけるのがやっとだった。
「皆さん、俺のことはもういいんです。今は逃げて、任務を全うしてください」
言い終わるや否や、二本目の柱が傾いて、ノグチの腰を打った。ノグチはバランスを崩して床に転がった。火は執拗に畳や襖を焼き尽くし、柱を伝って天井を朽ちさせていく。燃え盛る木の繊維が千切れるぺきぺきと乾いた音を立てるのを、ノグチが黙って聞いていると、ふと、自爆した兵士の首が畳の上に転がっているのが視界の隅に映った。鼻は削げ、額にヒビが入った男の生首だ。齢は三十前後といったところだろうか。
その男の光のない目は、室内をなめつくす炎の尾をせわしなく追っていたが、急に吸い寄せられるようにノグチの目を捉え、じっと凝視した。ノグチはいささか気詰まりな思いになり、照れ隠しに口の端を歪めて微笑んだ。
不思議な気持ちだった。己の身体を再起不能にした名も知れぬ男の生首に対して、まるで何度も共に死線をくぐりぬけてきた戦友のような親近感がノグチの心に宿った。
ノグチは尋ねた。
「お前、名は?」
「田嶋惣兵衛」
「家族はいたのか」
「嫁と年老いたお袋がいた」
「子供は?」
「生まれてすぐ死んだ。お前は?」
「俺はずっと独り身だったから、一度、別嬪と所帯を持ってみたかった」
ノグチがそう言うと、惣兵衛の生首の表情がやわらいだ。
「若い頃は女のことばかり考えていたなぁ。阿呆のようにそればっかりだった」
「俺には新撰組があった……。一度死んでこの身体になってでも、新撰組のため忠義を捧げたいと思ってきた。しかし、今はそうだな、好きな女がそばにいてくれたらいい、そう思うだけだな」
ノグチははにかんで言葉を切った。
「なんともかっこ悪い自分語りをしてしまった」
「構わないさ」
そう返した惣兵衛の生首には火が燃え移り、顔の皮膚や肉を黒々と焦がしはじめていた。相変わらず光の差さない暗い目で、田嶋はノグチを見つめた。
「なぁ、あんた……。来世では味方同士で遭えたら……」
言葉の最後は火に口を覆われて、聞き取れなかった。ノグチは、惣兵衛の生首が消し炭のように黒々とした塊になるまで見守っていたが、思わず言葉がひとりでに口をついて出た。
「悪いが、俺はもう、生まれ変わるのは御免だ」
やがてノグチの身体も炎にくるまれて、ゆっくりと人の形でなくなっていった。
火達磨になった鷹司邸を後にした久坂のもとに、一人の伝令が駆け寄り、跪(ひざまず)いた。
「報告申し上げます! 薩摩藩の援軍に側面を突かれ、お味方劣勢! 深手を負った来島又兵衛様が自決され、来島隊はすでに総崩れのご様子」
「又兵衛が……。急の挙兵だものな、やはり陣立てが甘かったか。いたずらに兵を失うのは避けるべきだ。各隊に伝えろ。これより長州軍は大阪に撤退する。そこから水路を使って長州へ帰還するとな」
承知、と短く叫んで伝令が消えた直後、一本のクナイが久坂の後頭部めがけて放たれた。
久坂は振り向きざまに拳銃をぶっ放し、クナイを弾き飛ばす。
「後を尾(つ)けてくるとは陰湿なお嬢さんだねぇ。まるで寺子屋の――」
「寺子屋寺子屋うるさいのよ、あんたどんだけ寺子屋時代たのしかったわけ?」
どこからともなくお魁が姿を現し、二本目のクナイを久坂に狙いを定めた。
「でも、三浦たちをあっさり見殺しにして自分だけ逃げるだなんて、寺子屋で学んだ武士道も形無しね」
「女風情に勘違いされるのは虫が好かんね。誰も彼もが手を繋いで並んで歩けるほど、俺の武士道は道幅広くないんでねぇ。道路工事にカネをかけるんなら、横より縦だ。どんなに細い道でもいい、ひたすら道を延ばし続けて己の目的地に到達するのが武士の本懐ってもんでしょうよ。真の同志は俺の後ろからついてくるさ」
久坂は拳銃の撃鉄を起こし、お魁に向かってまっすぐ構えた。
「それに、三浦はここで殺しておくのが正解なのさ。これ以上、君にやつの周りを嗅ぎ回られて、我々の計画に支障が出ちゃかなわんからね」
「やっぱり気付いていたのね、私の存在に。でも、殺したら元も子もないんじゃないの? あんたたちは、他の個体に引き継がせる情報を丸々失うことになる……」
「複製という技術だ」
久坂は余裕のある笑みを見せた。
「優等生の三浦が得た経験情報はすでに別の個体にバックアップを取ってある。今回のように、やむを得ず三浦を殺す羽目になった場合に備えてな。これで俺たちは優等生の三浦と、新撰組に入った失敗作の三浦、両方の経験情報を入手したわけだ。君がどうあがこうと時間の無駄なわけだよ」
「じゃあ、せめてあんたの武士道、ここで終わらせるってのはどう?」
お魁の目が鋭く光った。
「あんたの細くて狭い残念な武士道、ぶった切ってやるから覚悟して」
(第16話おわり)
草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第15話
★マーシャルです。なんかこんな久坂玄瑞、新鮮!って思うの自分だけでしょうか?喋らせてみると楽しいです。それでは15話をどうぞ。
「イア、ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
小佐吉の威勢を聞いたその時、久坂の背後から断末魔が響いた。声の主は寺島だ。
「て、寺島キュン!?」
久坂が悲鳴の方をふり向くと、そこにはだんだら模様の羽織を着た影が4つ、凛として在った。
「随分と危なっかしかったね、命令違反クン。ですが彼らをここに引き留めたのはお手柄ですよ」
1つは言わずと知れた総長、山南敬助であった。その羽織と太刀は真新しい紅に染まっており、今しがた寺島を切り伏せたのが彼であることを物語っていた。
「山南さん!」
「おっと、斉藤さんにノグチっち、それにボクも居るよ」
見るに山南は藤堂と斉藤、ノグチを引き連れてきたようだ。幕府軍がここを制圧するのにはまだ時間が掛かりそうであるが、邸内の形勢が逆転したのは明らかだ。
「さて小佐吉君、早速疑問なのですが、先ほどの敵が三浦君の首を持っていたのを確認したのですが、私の目の前にも三浦君がいるのはどうしてなのでしょう」
「それは……」
どこから説明したらよいものか、
「それはつまり、そういうことですよ。貴方も我々もあの方の掌の上で踊らされているに過ぎないって事。ひょっとして山南さん、自分だけが特別なのだ!って考えちゃうイタイ人ですかぁ」
応えたのは久坂であった。状況は一転して追い詰められているというのに、その表情は相変わらず飄々としている。
「やはり象山殿は長州にも……、いいえ全ての勢力に技術を広めているのですね」
「でも、それがどうであれ手前の命がここまでなのに変わりはないよね。ノグチっち、早くやっちゃおうよ」
藤堂はどうやらこのやり取りに早くも痺れを切らしたようで、はやく太刀を抜きたくてうずうずしている。斉藤が腕で止めていなければ真っ先に斬りかかっていただろう。
「まったく、どうして壬生の犬どもはこうも我慢できない奴らが多いのだろぅか。君アレでしょ、好きなものは最初に食べちゃうタイプでしょ。でも、それは頂けないね。」
久坂の表情が厳しくなり、若干の悔しさが見て取れた。
「生憎だけど、ここにあった資料は既に同士が回収済み。この場所にもう用はない。まぁ、君たちの資料が手に入らないのは残念だけど、そろそろ撤退するよ。藩の為に死ぬ俺マジカッケェ!!!とか超寒いし」
「久坂さんは必ず返せと、桂殿からのご指示だ。貴様らの相手は我らだ。」
もう一人の三浦が腕を上げると、新たに鎧をつけた兵が2、3人現れた。おそらく邸内に隠していた屍兵の残りであろう。だが、動きはどこかぎこちない。新撰組の精鋭を相手にしたのならば数分も持たないであろう。
「そのような木偶人形が数体で、ここから活路が開けるとでも?」
今度は斉藤が問うと、三浦は微笑を浮かべそれに応えた。
「所詮我らは死にぞこない、死人には死人にしか出来ない戦いがあるものよ」
三浦は銃の火種を身体に押し付けた。他の兵士もそれに続く。
「まずい、山南さん!奴ら自爆するつもりですよ」
藤堂はそう叫んだ瞬間、辺りは白色と轟音に包まれた。
(第15話終わり)
草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第14話
いがもっちです。
「佐久間象山なんでまだ生きてんの? 河上万斉に斬られて禁門の変ではもう死んでいるよね?」
という質問にお答えします。
万斉に斬られた佐久間は死生術を用いて作られてクローン佐久間です。
※禁門の変にて三浦をうまい具合に操り新撰組が戦場へと赴く口実を作った小佐吉は、今回の禁門の変の首謀者である長州藩、久坂や寺島が朝廷のおわす鷹司邸へ向かったと聞き、三浦とともに鷹司邸に乗り込む。
瞬殺だった。
歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第13話
●ゴクツブシ米太郎です。10話以上経過してもあまりに男だらけのチャンバラ大会すぎるので、女性キャラクターも出してみました。こいつも結局チャンバラしてるだけですが……。
第13話
胸を深くえぐった脇差が抜かれると、三浦啓之助は力なく畳に転がった。
「久坂ッ……玄瑞」
三浦は畳に染みていく己の血だまりを見ながら、虫の息で必死に問いかけた。
「俺を手にかける……とは、気でもふれたか……? お、俺が死ねば父……上が黙っちゃいねぇぞ」
「勘違いも甚だしいねぇ、出来損ないの三浦くん。まるで同じ寺子屋の女子とちょっと目が合っただけで『あいつ俺に気があるんじゃね?』って思い込んじゃう男子くらいのクソ勘違いだねぇ」
久坂は狙いを定めるかのように、三浦の首筋に脇差をぴたりと押し当てた。ひやりとした鉄の感触が、三浦の弱っていく心臓を震え上がらせる。
「残念だったねぇ。お父上の頼みで俺は君を抹殺しにきたみたいなトコあるからねぇ。つーか、まぁ、事実そうなんだけど。君の生首を持って帰れば、お父上は大喜びなんだよ」
「う、うそだ……!? 父上は……俺のことを、あ、愛してくれているのに――」
「それも勘違いだねぇ。まるでたまたま掃除当番いっしょになって、ちょっと雑談交わしたくらいで『やっぱあいつ俺のこと好きなんじゃね?』って確信しちゃうチェリー男子くらいのクソ勘違いだねぇ」
久坂はおーい、と部屋の外に向かって声をかけた。
「寺島キュン、こいつ殺る?」
「イヤッホーゥ! オフェーイ!」
刹那、おかっぱ頭の青年が飛び出してきたかと思うと、斧で三浦の首を一刀両断してしまった。
「ちょっと、勢いよすぎ! 三浦の首どっか飛んでっちゃったよ! 寺島キュン、全力で拾ってきて! あれ持って帰らなきゃいけないんだから」
「オゥイエェェ! ポォォォウ」
ばたばたと駆け出す寺島忠三郎を見送ったあと、久坂は三浦の首なし死体を見下ろし、つぶやいた。
「君みたいな“人でなし”がねぇ、いくら『あいつ俺だけ接し方違くない? 告ったら絶対いけるやつだわ』なんて思ったところで勘違いは勘違い、学園青春モノなんて君には一生縁がないんだよ。出来損ないの君には薄暗い墓場がお似合いだね」
そう言い捨てた久坂が背を向けたとたん、三浦の死骸がびくん、と跳ね、ゆっくりと起き上がったかと思うと、久坂めがけて襲い掛かった――。
「長州の者かって……? あんなイモ侍どもなんかと一緒にしないでくれる?」
“影”は小佐吉の眼前に姿を現した。小佐吉は目を瞠った。“影”の正体は忍びのような黒装束を身にまとった女だったのだ。
小佐吉の警戒感はいくらか薄らいだものの、当然の疑問は拭えない。
「おぬし、何者だ? 何の用でここにいる?」
「私の名は魁(かい)。普段は流しの遊女をやってるが、たまに特命で忍び稼業もこなす。二足のワラジってやつさ」
「お魁どの、か。遊び女にしてはちと、イカツイ名前にございまするな」
小佐吉が本音を口にすると、お魁の目がキッと細くなる。
「別に関係ねーし。つーか、そーゆーとこで勝負してねーし。あんたこそその制服、新撰組だね? それなのに腰からぶら下げた得物が木刀って、なんだいそりゃ」
そこへ、お魁の背後からゆらりと現れた男を見て、小佐吉は安堵して声をかけた。
「おお、三浦どの。どこに行かれたかと心配しましたぞ。拙者は今しがた、自称遊女の不可解なおなごに絡まれておりましてな」
「そうか。それは憂慮すべき事態に相違ない」
三浦は前金具に鯛のレリーフをあしらった煙草入れを懐から取り出すと、落ち着いた所作で煙草をふかしはじめた。
「ただでさえ人の子の命数は短いというのに、不可解なおなごとの不毛な会話に数分を割いたとあれば、その無駄は惜しんでも惜しみきれるものでもないな」
「は……?」
小佐吉は目をぱちくりさせた。
「み、三浦どの……? 本当におぬし、三浦どのなのですか? 何やら、キャラクターが……」
「やれキャラクターだ、やれ世界観だ、などという議論に興じている余地は無い。有限の時の中で、ただ只管に物語を前進させねばなるまい」
謎めいた発言に小佐吉が気を取られている隙に、三浦の手は刀の鞘にかかっていた。
次の瞬間、二本の刀が小佐吉の目と鼻の先でぶつかり合い、火花を散らせた。
鞘から抜きざまに、小佐吉の脳天に振り下ろされた三浦の刀と、それを受け止めたお魁の小刀。まるで静止画のようにびくともせず、鍔迫り合う。それを尻目に、三浦のキセルから白煙がゆっくりと立ち昇る。
「不可解な女が不可解なマネを……。私の行動計画にこれほどの無駄をねじ込むのは差し控えて頂きたい」
「あんたのその野暮ったい口調がいちばん無駄だっての!」
お魁は渾身の力で刀を弾き返した。が、反動で身体が後ろ向きによろける。その間隙を狙って再度、刀をふりかぶった三浦の顎を、畳に手を付き宙返りしたお魁の脚が蹴り飛ばした。
小佐吉がもたもたと木刀を構えようとしていると、態勢を立て直したお魁に腕をむんずとつかまれた。
「逃げるよ!」
走り出しながら、小佐吉は口を開いた。
「お魁どの。拙者、あまりの急展開についていけず、何から問うてよいものやら決めかねるのだが……」
小佐吉は唾を飲み下し、意を決して尋ねた。
「お魁どのの胸のサイズはいったいいくつなのだ? 遊女ともなれば相当大きいのではないか?」
「いちばん最初の質問がそれって頭おかしいんか! 脚の骨折るぞ、このイモ侍!」
お魁はこめかみに青筋を立てつつも、
「混乱してるってのは確かだろうから、私から話すけど、さっきの三浦とあんたたち新撰組に入ってきた三浦は全くの別人。二人とも、佐久間象山が死生技術でつくりだした生きる屍なんだよ」
「そ、そんな!? どうして三浦どのを二人も?」
「象山の思想は高邁すぎて私なんぞには理解できないさ。だけど、彼の元門弟から話の一端を聞く機会があってね」
お魁は廊下の突き当たりで立ち止まり、敵の気配がないか確かめると、再び足を速めた。
「まず、三浦の分身をいくつかつくりだす。次にそれぞれを成長させる。最終的には最も優秀な個体にそれぞれの分身が習得した経験や思想を移植することによって、象山の理想とする人間をうみだす……。そういう計画よ」
「経験値を得られる容器を分散させ、効率的に稼ごうという寸法でござるか。ということは、この世にはまだほかにも三浦どのが存在しているかもしれぬのか?」
「その可能性はあるね。私はここ数ヶ月、さっき斬りかかってきた三浦を追っていてね。私は今回、さっきの三浦が新撰組に入った三浦を始末するため動くという情報をつかんで、彼を尾行したんだ。始末する理由はわからないけど、近頃、粗暴な性格に歯止めがきかなくなってきたから、余計な騒ぎを起こす前に処分したいという象山の思惑があったんじゃないかと思う」
「なんとまぁ……。拙者には理解できぬことばかりでござる」
小佐吉の率直な感想に、お魁はフッと笑みを漏らした。
「私としたことが、ちょっと喋りすぎたかな。まぁあんた馬鹿そうだし、さっさと忘れて頂戴。それに、おそらく三浦に関する計画なんか、象山のやろうとしていることの氷山の一角に過ぎないだろうから」
「いやいや、貴重な情報ですぞ、お礼を申し上げる。それに、見ず知らずの拙者を危機から救ってくれたことにも、感謝のほかに言葉はありませぬ」
「見ず知らずの人間が、目の前でバッサリ斬り殺されるのも胸糞わるいでしょ」
お魁がため息混じりに言った次の瞬間、一発の銃声が空気を切り裂き、お魁がもんどりうって床に倒れた。
「お魁どの!」
「だ、大丈夫、腕をかすっただけ。それより――」
「それより早く立たねぇと二発目うっちゃうよー。ねぇ? 一人殺すも二人殺すもさほど変わらんよってこりゃ典型的な悪役のセリフじゃあねぇですか、参ったねぇ」
久坂玄瑞が、拳銃をクルクル回しながら二人の前に立ちはだかった。左手には、身体じゅうを銃弾で穴だらけにされ、おびただしい量の血を垂れ流している首なし死体を引きずっている。
それを見て、小佐吉は背すじがぞっとした。
「その死体の召し物――もしや三浦どの!?」
「出来損ないのほうのね。優等生のほうは……、ああ、なんだ。そこにいたか」
小佐吉とお魁はハッと背後を振り返る。いつの間に追いつかれていたのだろう、もう一人の三浦が能面のような表情で二人をじっと凝視していた。
狭い廊下での挟み撃ち。これでは、圧倒的に小佐吉らの分(ぶ)が悪い。
「いやぁすまんね、しつこく追いかけちゃって。まるで寺子屋帰りのイケメン男子待ち伏せして一緒に帰ろうとする後輩女子くらいしつこいから、俺たち。そりゃもう猪突猛進型最終兵器ラブマシーンだから」
「三浦だけでなく久坂まで邸内に来てるなんて……。くそっ、完全に読み誤った」
お魁は腕を押さえながら小刀を構える。久坂はおもしろそうに言った。
「俺たちは優等生の三浦とは別の目的がもう一個あってここに来たんだがね。それにしても、魁とか言ったっけ、君? 確か以蔵の――」
「うるさい!」
お魁は怒鳴ると、小佐吉を睨んだ。
「ほら、早くあんたもその汚い木刀を構えなよ。こうなったら戦うしかないんだから。まぁ相手が相手だもの……。あっさり負けて次回が最終回って流れでも文句言わないでよ」
「なにとんでもなく物騒なことをおっしゃるのですか! 拙者は、こんなところで負けるわけにはいかぬのです」
小佐吉は木刀を構えると、深呼吸をしてつぶやいた。
「鍛錬の成果を、いざ見せん!」
(第13話終わり)