歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第20話

※どうもいがもっちです。

今回はみなさんお待ちかねのあの人が登場!? 

 

 神戸の夜港を背丈の大きい男が闊歩している。

「冬の神戸は港としては凍結せんぶん優秀なんかもしれんが、南国出のワシにゃあ、やっぱり寒いがぜよ。今夜は鍋じゃのう。あれ? 昨日も鍋じゃったかいのう?」

 大股で歩く大柄な男は冬というのにぼろ雑巾のような薄手の木綿服の上に簡素な黒の羽織を背負っているだけだった。

「あー、寒い寒い」とひと気の少なくなった港で独り言をぼやいている。

 神戸港は年中港として機能しているが、その門戸は国内だけに開かれており外国船の行き来は禁止されていた。

「まぁ、こん街を屍人でいっぱいにしとうないゆう天子様の気持ちもわかる気がすんのう」

 ふと右手に拡がる丘陵状の街を眺めながら男は白い息を吐いた。木樽や俵米が虫食いな状態にある無味乾燥な港とは対照的で神戸の街からは気品さがにじみ出ていた。

「それになんと言っても美人が多いき!」

 きっひっひと笑い普段はたれている目が三日月状に盛り上がる。

「おうおうおうおうおう、兄さん、どこの者(もん)や? えらい大きな図体しとるやんけ。道が狭うてしゃーないわ」

 と、その笑い方が気に障ったのか酔っ払いの集団に絡まれてしまった。酒でも引っ掛けたのだろう。

 先頭の男は串揚げの串を口に咥えている。

 気品溢れる街といえど夜にはこういう輩が一定数いるものか。

「すんません。今どきますき、勘弁願わんやろか?」

 その高い背格好に似合わず腰を低くして大男は退こうとした。

「なんやお前、土佐のもんか。あんな太平洋に面した端っこのところからなんしに来たんな? カツオに飽きて内海の美味しい魚でも頬張り来たんかいな」

「えらい仰々しい刀なんか持ち運んで、武士かいの」

 次々と浴びせられる質問に大男は「いやー」とどう対処していいか考えあぐねていたら、

「おっ、べっぴんさんがおるで……おーい!」

 絡まれないようにか道の端を歩いていた女性に男たちの興味が削がれた。

 「なんやつれんのー無視はないやろが」

「家に帰る前に俺たちと仲良くしようや」

 などと彼女を冷やかした。

「やめいちや」

 大男はついつい腰を低くすることを忘れて語尾強く注意した。

 しかし、それが酔っ払いたちの反感を買ったらしく、大男はしまったと思い、

「いや、ほら彼女も嫌がってますき」

 と言い訳するように付け加えた。

「なんや女に味方すんかいの?」

「おい、ええ格好すなや」

「兄さんはもうちょい話のわかるやつじゃ思うとったんやけどな」

 酔っ払いたちの怒りは収まらなかった。

 いよいよ抗争になりそうなので大男も止むを得ず刀に手が伸びそうな瞬間だった。

「やめときな。あんたら誰を相手にしてんのかわかってんのか?」

 と、着流しの一人の男が現れた。

 岡田以蔵だ。

「なんや文句あるんか……」

 酔っ払いの一人がその男に喧嘩をふっかけようとしたが、以蔵があまりに死を連想させるかのような殺気を放っていたので語尾が「いにゃ」となってしまった。

「おい、いくぞ」

 さっきまでの威勢が雲散霧消したかのように以蔵の眼力だけで酔っ払いたちは小鼠のように去っていった。

 大男は一息ついて以蔵に向かって「よっ」とした。

「わざわざこんなとこきて何しようるがじゃ以蔵。ええ、懐かしいのう!」

 はっはっーと大男は以蔵に駆け寄る。

「ほんまによう助けてくれた」

「俺が助けたのは存外あいつらの方かもしんないぜ? あんたが手を出してたらただじゃすまなかったろ? なぁ、坂本さん」

 

 坂本龍馬

 この五尺六寸、土佐訛りの大男。

 新撰組などが行方を追っている操練生徒の一人であった。

「人聞き悪いのう。わしゃ、何人か峰打ちしたらさっさと逃げるつもりじゃったがえ。そんよりも、ええ、以蔵、鍋じゃ! 鍋でも食おうぞ! それよりおまんは団子より花、女子がええんかえ?」

 必要以上に坂本は以蔵の肩をバンバンやった。坂本と以蔵は同じ土佐藩の出身で小さい頃からの顔馴染みであった。

 坂本の脱藩などもあって一時その袂を分かちていたが、そう容易く切れる縁でもなかったためこうして何度か再会している。

「あいにく俺は別件で来てますんでね」

 以蔵は坂本の手をすっと横に避けた。

「なんじゃ? まだ人斬りなんかつまらんことしとんかい?」

「よくいうぜ。あんたたちは命を弄ぶような研究に加担しているくせに。この刀であんたの心臓(ここ)を一突きしてもどうせ死にゃーしねーんだろ?」

 岡田は抜刀して坂本の心臓にその切っ先を突きつけた。

 その行為に動じることなく坂本はあっけらかんとして、

「以蔵、おまんは少し勘違いしとらんか? 勝先生がしようとしちょることはそんなつまらんことじゃないがぜよ」

「へぇ」

「あっ、信じてないがじゃろ。ええか、確かに勝先生は佐久間先生の弟子で死生術に関しての造詣も深い。そんで操練所でも確かに死生術の研究を行なっちょる。勝先生も佐久間先生も新しい時代の到来のために革命、レボリューションいうがを起こそうとしよる」

 坂本は以蔵から少し間をおき海を見つめながら続ける。

「けんど佐久間先生が好かんのは、先生は下々の民に血を流させ新時代を築こうとしちょるところじゃ。外国に対抗するが目的ながに国内で争そうとる場合じゃなかろうが」

 一瞬、坂本の顔にほんのかすかだが怒りが浮かんだのを以蔵は見逃さなかった。

 坂本の話は佐久間派の以蔵にとっては聞き捨てならない内容であったがその怒りの表情にたじろいでしまう。

「その点、勝先生は無血で新しい世を創ろうとしちょる。勝先生はそれができると信じとるがぜよ」

 気がつけば坂本はいつもののんべりとした笑顔に戻っていた。

「わしももちろんば時代は変わるべきじゃき思うちょるけんど、勝先生と一緒でそんために民が血を流さんでええがじゃ思うちょる」

「たいそう立派なことで。けど、その勝先生も今や部下の尻拭いのために江戸に強制帰還させられてんだろ?」

 以蔵はその笑顔を乱してしまいたいと言わんばかりに買い言葉を口にする。

「そういがぜよ。このままじゃと操練所も廃止になるじゃろうのう。ほんま亀弥太らはつまらんことをしてくれよったきに。命を無駄にするがはほんま大馬鹿もんぜよ」

 坂本の顔に今度は哀愁の念が感じられた。池田屋事件禁門の変に操練生徒が関わっていたことが発覚し幕府の怒りを買って勝は江戸へ帰還を命じられた。

 それにしても。

 本当に喜怒哀楽が激しくそれが表に出せる人だ。

 以蔵は素直に感心した。

「そんで今は薩摩らしからぬなよなよ家老さんのお世話になってるってか?」

「あっ、おまんは小松帯刀さんをバカにしちょるがじゃろ? あのお方はすごいんぜよ? オランダに留学した後、水雷の実験を成功させ、島津久光さんの側役に抜擢されたがじゃき。ほんま凄いお方じゃ」

 今度は藹々とした様子の坂本。

「そうそう、あとおまん。さっきいかにもわしが半屍人じゃないか疑(うたご)うちょったみたいやけんども、わしは歴とした普通の人間がじゃき。心臓(ここ)をやられたら一瞬であの世行きじゃき。刺さんといてくれの」

 そうだったのか。

 少し驚く以蔵。

 今や各組織の上は半屍人が多いとも聞くのでてっきり坂本もそうなっているのではないかと思っていた。

 しかし、この人は昔のままだった。

 曲がったことが嫌いな。

「長州の久坂などとは違(ちご)うての。禁門の変で久坂は死んどるされちょうらしいが十中八九生きとるじゃろうのう」

 以蔵は久坂の生死に関してはとある情報網で既知であったため坂本の予測が当たっていることがわかっていた。

「そうがじゃ、おまんも人殺しなんかやめてわしらとともに行動せんかえ? いま、新しいことを考えちょっての。カンパニーゆうもんを創ろうとしちょって……」

 坂本の話が終わらぬうちに以蔵は背を向け歩き出していた。

「ああ、どこ行くがじゃ!」

「あんたといたら毒気が抜かれちまわ。俺はもう少しやらんといけんことがあるき」

 ついつい以蔵も坂本に飲み込まれ土佐訛りが出てしまった。感情の波が激しい坂本といるといつのまにか彼のペースに引きずり込まれてしまう。

 ここら辺が潮時だろう。

「待っとるがぜよ! 前に用心棒として勝先生を護ってくれたみたいにおまんの剣は人を護るために使うべきがぜよ!」

 ……『人を護るため』……か。

 坂本は以蔵が遠く見えなくなるまで笑いながら手を振っていた。

 

※真冬の神戸港で二人は再度袂を分かつ……。

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第19話

●ゴクツブシ米太郎です。ヒートアップして参りました!

 

「土佐というところは、なかなか面白い土地柄らしくてね。険峻な山や曲がりくねった長い河がもたらす厳しい天災が、負けん気の強い豪胆な快男児を量産するんだと」

 竹刀での稽古を終えて、胴着を脱ぎ捨てながら、沖田総司が涼やかな声で小佐吉に話しかけた。稽古の相手を務めた小佐吉はボロ雑巾のように床に伸びていたが、不意に首を上向け、にこりと笑って見せた。

「その土佐が産んだ傑物、坂本龍馬……。一手、仕合(しお)うてもらいたいものでございますな」

「小佐吉もといザコ吉なんて、刀使うまでもなく瞬殺だろうぜ。デコピンで仕舞いよ、デコピンで」

「ハハハ、藤堂どのと同じことを仰いますか。こりゃ手厳しいですなぁ」

 たまの休日、何をして時間を使おうかと考えていた小佐吉は、屯所で朝食を食っている最中にふらっと現れた沖田一番隊隊長に稽古をつけてやる、と引っ張り出された挙句、こてんぱんにうちのめされたのだった。

 しかし、床に叩き伏せられても小佐吉の心は宙に浮くように軽く、弾んでいる。

小佐吉が救いようのないマゾヒストだったとか、そういう話ではない。もしかするとそうなのかも知れないけれど、少なくとも今回は、彼の性的嗜好と弾む心の因果関係は特にない。

入隊当時は小姓以下の雑用係という身分だった自分が、休日に新撰組一の剣豪と誉めそやされる沖田に稽古を誘われるまでに至ったのだ。身に余る光栄とはまさにこのことであろう。

 その高揚感が手伝ってか、山南総長から下った任務のことは伏せつつも坂本龍馬を追うことになるかもしれないということを、小佐吉は沖田に話して聞かせたのだ。

「藤堂……と言えば」

 沖田は手ぬぐいで額の汗を拭きながら、独り言のようにつぶやいた。

「最近、彼は伊東さんと親しくしているようだな」

 伊東甲子太郎(かしたろう)――つい先日、新撰組に「参謀」という副長と並ぶ破格の待遇で入隊した男だが、これが相当の逸材だった。

千葉周作が拓いた北辰一刀流を若くして修めた剣術の達人でありながら、勤王思想や文学ほか様々な学問に精通した文武両道のスペシャルエリートである。弁舌も巧みで隊士たちを惹きつけ、彼と共に入隊した篠原泰之進らを中心に、すでに「伊東派」なる派閥が沸々と醸成されつつあった。

「伊東どのと藤堂どのは新撰組に入る以前からの付き合いがおありですし、親しくされるのも尤もなのでは?」

 小佐吉の問いに沖田はうん、と頷いておきながら、その表情はあまり冴えなかった。

「いやね、最近、山南さんに近い人が段々と離れていってるように見えてね。斎藤さんもここにきて、土方さんの右腕としての頭角を現しはじめた。脱走した隊士の粛清やら政治的な根回しやら、組織が大きくなってきた分、土方さんがこれまでのように一人で切り盛りしきれなくなっていたところを見事に穴埋めするようなあの活躍ぶり。そりゃあ土方さんも重宝するさ」

 藤堂は伊東に、斎藤は土方に。力ある者は己の力を増幅させるキーマンをまるで磁石のように引き付け、自分の周りを固めようとしている。そんな中、山南総長が取り残された立場は非常にもろく、危うい。

 小佐吉も持ち前の勘のよさで、新撰組内部のそういった事情には感づいてはいたが、あの泰然自若とした山南総長の様子を見ていると、自分がどうすればよいのか、とんと困ってしまうのだった。

「あ、降ってきた」

 沖田が軒下から首を伸ばして空を見上げて言った。小粒の雨が庭の赤土にしみ込み湿っていく、しめっぽい匂いを小佐吉が嗅いでいると、沖田がぽつぽつと話し出した。 

「水……に喩えるなら、土方さんは滝かね。とめどない勢いで一気呵成に敵を打ち倒し、なぎ払う。人を寄せ付けない厳しさと苛烈さは敵を震え上がらせ、味方を勇気で奮い立たせるのさ。一方、伊東さんは深海だ。極めた剣術と学問は広く深く、その虜になって近づいた人を飲み込んじまう」

「なるほど……」

 小佐吉は沖田の横顔をまじまじと見つめた。自分とそう違わぬ年齢の男が、こうも鮮やかに人を評するのを聞いていて、すっかり感心してしまったのだ。

 沖田の話は続いた。

「そうすると山南さんはなんだろな、しんと静まり返った、波立たぬ湖水といったところか。人を畏怖させる峻烈さも、魅惑的な底の深さもありゃしねぇ。あるのは壊しがたい静寂だけだ。風が吹いて波立つのさえ惜しまれるような、あの静かさはなんだろな。なんなんだろうな……」

 沖田の目がふと小佐吉を見据えた。

「お前さんはなんだい?」

「拙者は、そうですなぁ、この雨にでもなれればと」

「雨?」

「ええ。滝だろうが海だろうが湖だろうが、どんな水の懐にも入っていけるような、自由な雨に」

 ふふん、と沖田は愉快そうな笑みを漏らした。

「なに締まりのイイこと言っちゃってんの。うぬぼれがすぎるぜ、お前さんが土方さんたちの懐に、ねぇ」

「それは拙者も同じ思いでございます。今の自分はせいぜい、犬の小便といったところですかな」

 今度は、沖田は声を上げて笑った。

「犬の小便でも懐には入れるってかい」

「ええ。ちょいと水が黄ばみはしますが、すぐに馴染むじゃありませんか」

「うふふ、ばかばかしい」

 沖田はよいしょ、と立ち上がった。

「こんな雨の日に屯所なんぞにいたら気が滅入る。ひとっ風呂あびたら、町に出て女でも買おうぜ」

 そういった遊興が不得手の小佐吉はどう答えたものか逡巡したが、答える前に、沖田の身体が前に傾いで、庭にどしゃりと倒れた。

「……沖田ど……の?」

 目の前で起こったことを、しばらく脳が処理できなかった。我に返った小佐吉は沖田の身体を助け起こしながら、叫んだ。

「沖田どの!」

「んや……大丈夫だ、ちょいと眩暈が……。いてっ、右手をすりむいてやがる」

「お待ちくだされ、今、誰か人を呼び――」

「やめろ」

 沖田は低くうなるような声で言った。小佐吉はぴたりと口をつぐんだ。さきほど竹刀で受けたどの打撃よりも強く、その声は小佐吉の胸を打った。

「このことを他言したら殺すぞ。…………目ん玉と金玉にデコピン百連発だ」

 沖田はゆっくりと起き上がると、濡れた土を衣服から払い落とした。

「最近じゃもう慣れっこなんだ、このくらい。逐一報告してたら、俺は信用を失っちまう。いざ決戦のときに倒れられちゃ困るとか思われてね」

 慣れっこになるほど倒れるなど、尋常ではない。医者に診てもらってしっかり療養すべきではないのか。そう思った小佐吉に、沖田は言い放った。

「俺もお前さんとおんなじで、なるなら雨だ。でも、天地がひっくり返るほどの土砂降りじゃなきゃだめなんだ。滝も海も湖も、みんな飲み込んじまうくらいの、でっかいことをやり遂げて、そう、やり遂げたあとでぶっ倒れて死んでしまうってんなら、それはそれでいいんだ。そんときはそれまでさ」

 最後は自分に言い聞かせるように喋り終えると、竹刀や胴着も投げ打ったまま、沖田はゆっくりと部屋の奥に歩いていって姿を消した。

 

 同刻、会津藩筆頭家老・秋月悌次郎が京都に構える屋敷では、一人の女が秋月と対座していた。

「ほう……。御庭番の頭目を招いたつもりだったが、これはまた座がずいぶんと艶やかになりますな」

 正座してお辞儀をした目の前の女を、秋月は物珍しげに眺めた。

 女は楚々とした面持ちで口を開いた。

「お魁(かい)と申します。このたびはかようなご立派なお屋敷にお招き頂き、恐悦至極にございます」

「お魁、お魁かー。お魁ねぇー。なんかごつくて可愛げのない名前だのぅ。よしお前、今すぐ改名せい。『お琴』か『おりん』、好きなほうを選ぶがよい」

「その乾いたワカメみたいなアゴヒゲむしりとるぞ、クソジジイ」

 清楚さをかなぐり捨てて突っかかるお魁を、そばに控えていた部下が宥めて座らせる。お魁はコホン、と咳払いひとつして、

「今日はいかな御用で」

「屍生技術、その鍵を握る者たちがおるだろう? 勝麟太郎の弟子たちのことだが」

「勿論、存じております。昨日のことですが、われわれ御庭番に上様直々の下知がございました」

 お魁は声をひそめ、告げた。

「屍生技術に関与した疑惑のある者、此れを全て誅殺せよ――こと、勝麟太郎の弟子たちは見つけ次第、早急に始末をつけよと」

「その件についてはわしも、我が主、松平容保から聞き及んでおる。問題はそこではない」

 秋月は脚を組み替え、身を乗り出した。

「聞いて驚くなよ。わしは会津藩独自の情報網を使って、弟子の一人の潜伏先を突き止めたのだ」

「何ですって!?」

 お魁は思わず声を上げた。こんなにも早く情報をつかむとは、いったいどのような手段を使ったというのだろう。諜報のプロ、御庭番がまだ何も突き止めていない、この段階で。

「驚くなよって言ったじゃーん、お魁はホントあわてんぼさんなんだから、んもー」

「次ふざけたらそのヒゲ燃やすよ?」

 悪ノリする秋月に、お魁はぴしゃりと言い放っておいて、

「して、その人物とは?」

近藤長次郎土佐藩で饅頭売りを営んでいた若者でな。あの坂本龍馬とかいう胡散臭い輩と親しいらしく、最近は坂本とともに国内外を問わず商人と武器などの取引をはじめたと聞く」

「近藤の潜伏先は、どこなのです?」

「そこについては、我々も取引といこうではないか」

 急いて尋ねるお魁を弄ぶかのように、秋月は緩慢な口調で応じた。

「潜伏先を教える代わりに、近藤の身柄を一時、会津藩預かりとしたい」

「しかし、主命は……」

「わしとてそれは心得ておる。最終的には近藤が御庭番に引渡され、その首が刎ねられることに異論は無い。が、屍生技術を知る者すべてを抹殺することは、屍生技術に関する知識を闇に葬り去るに同じ。それはちと勿体なかろう?」

「要するに、秋月様は屍生技術に興味がおありで、関係者である近藤長次郎に色々と尋問なさりたいと?」

 お魁はおもむろに立ち上がると、毅然とした態度で言い放った。

「恐縮ながら、主命に背くことは致しかねます。この話はなかったことに」

 部下を連れ、きびすを返したお魁の姿が消えると、秋月悌次郎の背後にどこからともなく人の姿が現れた。

「……尾けますか」

「構うな。ああ見えて天下の御庭番。そなたとて返り討ちに会うやも知れぬ」

 秋月は顎鬚を撫でながら、

近藤長次郎は捨て置け。今は泳がせ、宜しき時に大物を釣る餌となってもらおうぞ。……引き続き、もう一人の探索を続けよ」

「御意」

 そう、坂本龍馬たちを、屍生技術を追っているのは新撰組だけではなかった。各勢力が己の利益や目論見のため鼻を蠢かせ、今や一触即発の状態であった……。

 

(第19話おわり)

草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第18話

★マーシャルです。遅筆すまない。『草莽ニ死ス』新章をスタートしたいと思います。お魁をどうも上手く使えないのは仕様では無く、マーシャルの実力がないからです。

「はぁ、すっかり寒ぅなりましたなぁ」

 屯所の中で小佐吉は茶を飲み、そう呟いた。鮮やかだった嵐山の紅葉も見頃を過ぎ、冬が近づき始めていた。禁門の変による動乱から、町もようやく落ち着きを取り戻し日常を取り戻ししつつある。

 あれ以降、お魁どのとは一度も会っていない。勿論久坂の行方についても不明のままである。

 見事活躍を果たした新撰組はその後、小佐吉が知る限り大小様々な変化があった。

 1つは新選組そのもの。見事、天子様の敵を追い払ったと都での庶民からの評判は一層、高くなっている。幕府、会津藩からも相当な額の恩賞を受け賜ったとか。これによって、新撰組の拡張拡充が決定し、隊内では大きな人事編成が行われた。

 2つは自分がこうしてお茶を啜れることであろう。鷹司邸での功績から小佐吉は一端の隊士として認められるようになっていた。そして、

「まったく、隊士になってもキミは呑気なものだ。ねぇ、藤堂くん」

「えっ、ええそうですね山南さん」

 3つ目はこうしてお茶一緒に飲んでいる藤堂どのだ。ノグチどのを失って以来、藤堂どのはどこか無理をしている。聞けばお二人は生前(死後も動いているので何ともヘンであるが)年が近いため仲が良く、沖田どのを交えよく街で遊んでいたとのこと。やはり友を二度も失うというのは応えるモノなのであろう。近藤局長と江戸での隊拡張に関する任務から戻って来られてからも相変わらずのままであった。

 山南どのはと言えば、その表情は落ち着き常に冷静沈着としている。しかし、彼自身に何も変化が無かったわけではない。隊の拡充は幹部組織の再編を含んだ大規模なものであった。再編後の山南どのの地位は以前のまま、むしろ屍生技術の調査に専念せよとの命が出ていた。呑気にしているのはむしろ山南どのの方ではないか。

「自分の性分ですからな、それよりも今回の任とはどのようなものですか」

 小佐吉は思いを飲み込み、話を切り出した。何も山南らと本当に茶を飲み、世間話をするためにここに居るのではない。彼から直々に呼ばれたのだ、それも内密に。招かれたのは小佐吉と任務から戻ったばかりの藤堂、そして斉藤の3名であった。

 

「実は禁門の変以降、分からなかった死生技術の行方についてですが新たな情報を入手しました。今回の任務はそれに関しての事です」

 やはり、三浦を失って以降、新撰組は死生技術について手を拱いていた。山南どのの部屋には間諜を務める隊士が最近多く出入りしている。ここにきて進展があったのだろう。

「幕府の中でも禁門の変によって状況が大きく変わりました。特に軍艦奉行であった勝海舟が先日、操練所生徒の長州方への参加の責を問われ、江戸に呼び戻されました」

「それが屍生技術とどう関係があるのですか」

「勝は佐久間象山の門弟だ」

 無言であった斉藤が今日始めて口を開いた。

「なんと!」

「本題はここからです。実はその勝海舟が江戸に召還される直前、薩摩藩小松帯刀と密命を結んでいたことが分かりました。その内容は京に潜伏する操練所生徒数名の保護と引き換えに彼らの誰かに託した死生技術の資料を引き渡す事でした。」

「成る程ね、戦争での活躍だけでなく、死生技術までもが薩摩藩の手に渡るのは会津藩ひいては新撰組にとっても不利なことだ、っていうわけだね」

 藤堂が口を挟む。確かに死生技術どうこうよりも薩摩が絡むとなると、上の事情も絡んでくるという事だ。ここでの活躍が新撰組の更なる拡充、山南の影響力に繋がっていくというわけだ。

「そうです。薩摩藩や他の追手よりいち早く彼らを捕らえ、死生技術の奪取、及び流出を防ぐことが今回の我々の任務です」

「それはそれは、なんとも我々向きの任務でありますな」

「生徒の人相や特徴は既に一覧にしています。各自、頭に入れておいて下さいね」

 山南は紙切れを3人に手渡した。どうやら対象はそれほど多いわけではなさそうだ。

「どれどれ」

 小佐吉は一覧の中のある名前に目が留まった。それは以前に藤堂から聞いた名だ。その隣では藤堂も愕然としている。

 坂本龍馬 五尺六寸、土佐訛り……

(第18話終わり)

歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of blood〜』 第17話

☆いがもっちです。

お笑いと女の子はその実似ていて、追いかけたら手に入らない。

 

 瞬殺だった。

 改めて言おう。

 瞬殺であったと。

「畜生。なんだってんであんなおチビちゃんみたいな目に合わないといけないんだ」

 瞬殺とは言ったが彼女の息はまだ続いている。

 ただ勝負はついていた。

 お魁は床にひれ伏しそれを久坂が靴裏で踏んづけているのが今の構図である。

「くくっ、ちょい〜っと本気を出しすぎたかねぇ。女風情に。もしかして軍師的なポジションで戦闘はからっきしだと思っちゃった? 残念だねぇ、それは残念。」

 久坂は拳銃を彼女の頭に構え直す。

「参勤交代は帰るまでが参勤交代つってね。無事に帰らないと想定していた物語(けいかく)通り進まないんでね。それにあんたは生かしちゃおけないからね。悪いけどちと力を出させてもらったよ。それじゃあ、後が押してるんでアディオ……」

「うおーーーーー」

 突然、不意に、二人の間にそれは回転しながら蹴鞠のように突っ込んでいきました。

 得体も知れぬ物体にさすがの久坂も飛び退いた。

「無事でござるか!? お魁どの!」

 それは紛れもなく小佐吉だった。片膝立ちでキメたように登場するも全身傷だらけであった。

「どんな登場の仕方!? 山車の車輪でもあるまいし。しかし助かったわ。恩に着る」

「あいもかわらず邪魔をしてくれるねぃ。山を走っていたらことごとく関所に阻まれてしまう間者のような気分だぁ。めんど臭いしもうここまできたらいっそのことみんなで自爆でもしちゃう?」

 だるそうに久坂はため息をついた。

「拙者は嫌でござるよ。死に際が薬品の化学反応など。寺子屋で学んだことが死に際になってようやくわかるなんて真っ平御免でござる。もっとも原理などは結局さっぱりでござったが。それに……」

 久坂の目が大きく開かれる。彼の腹に白銀の刃が生えていた。

「ガフッ……ねぇ、背後からは卑怯なんじゃないの?」

「斉藤殿がおわします。天に召されるのはそなただけで十分でござるよ」

 斉藤が剣を久坂から抜くと久坂は膝から崩れ落ちた。

「これにて一件落着!」

 腰に手を当てて小佐吉が威張った。

「まだだ!」

 遺体と化したはずの久坂の背中から黒い針金のようなものが貫いて出てくる。斎藤はさすがの反射神経で避けるもかすり傷を負った。

「おいちちちち、あー、痛かったよ。背後から急に刺すとは武士道のかけらもないね。そんなの無視だどうって、痛すぎて面白くないこと言っちゃったよ」

「ヒィー、ゾンビだぁい」

 小佐吉がいつになく取り乱した言葉(セリフ)を吐いた。久坂の背から生えた黒い禍々しき棘は羽のように彼の背に収まると同時に傷口が修復し、彼のその眼は真っ赤に充血していた。

「それが噂に聞く“半屍人”ってやつかい?」

 お魁がいち早く状況を察知した。

「さすがは幕府お抱えの諜報機関。いや、ニンニンニンジャ様というべきかな」

 久坂の言葉を聞いて斎藤はお魁の方を向き、

「お前は……」

「御庭番でござったか」

「……将軍直属の情報収集のスペシャリスト」

「って、山南さま方いつのまに!?」

 山南と藤堂が駆けつけていた。ノグチの姿は見えない。

「あー、『申どきくらいだよ全員集合』ってなわけね。どうするもう本当にお茶でもする? それか君たちももういっそのこと会議についてきちゃおうか?」

 久坂は天を仰ぎ「あーー」と言って、

「でも俺ってこう見えて遊びとか企画する側じゃなくて誘われたらついていく側なんだよね。だから気が弱い僕ちんは他のみんなの顔色を伺わないと君たちを連れていけないや」

 そうして久坂の足元からすごい勢いで煙が渦巻いた。

「煙幕。なんと古典的な手を!」

「今度は本当にアディオス。そうそう。借りた銭とやられた傷は倍にして返せってね。斎藤くん」

 それを最後に声が途切れる。

 煙幕が晴れた時には久坂は消えていたのだった。

 

 

 

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第16話

●ゴクツブシ米太郎です。小説における「火のカタルシス」は芥川の『地獄変』とかモームの『月と六ペンス』とか色々あるけれど、いざ自分で書いて見るとやっぱり耽美的な雰囲気を目指してしまいます。そう書かせる火の魔力と言うか魅力と言うか、それに無理やり抗ってみると一風変わった描写が生まれるのかもしれない。

 

 白煙と轟音が鎮まると、小佐吉はおそるおそる目を開けた。とてつもない爆風で後方に吹き飛ばされはしたが、身体は無事のようだ。

「ノグチっち!」

 藤堂の叫び声につられて、小佐吉はハッと身体を起こした。まるで崩れかかった城のように、ノグチが片膝をついて頭(こうべ)を垂れている。見るに耐えない無残な姿だった。衣服は剥ぎ飛び、焼け爛れてべろりとめくれ上がった皮膚が宙をそよいでいた。

 その様子を見れば、ノグチが何をしたのかを推し量るのは容易かった。

「死人にしかできない戦い方があるんなら、死人にしかできない守り方ってのもあるでしょうよ」

 ノグチはびくとも動かず、ひどくかすれた声で言った。屍である彼に痛みを感じるすべはないはずだが、あれほどの爆発を一身に受けては、身体が思うように機能しないのかもしれない。

「ノグチ……。すまなかった……」

 斉藤は無念そうに声を漏らした。続けて何かを言いたげに口を開いたが、爆発の火が回って倒れてきた柱をよけるのがやっとだった。

「皆さん、俺のことはもういいんです。今は逃げて、任務を全うしてください」

 言い終わるや否や、二本目の柱が傾いて、ノグチの腰を打った。ノグチはバランスを崩して床に転がった。火は執拗に畳や襖を焼き尽くし、柱を伝って天井を朽ちさせていく。燃え盛る木の繊維が千切れるぺきぺきと乾いた音を立てるのを、ノグチが黙って聞いていると、ふと、自爆した兵士の首が畳の上に転がっているのが視界の隅に映った。鼻は削げ、額にヒビが入った男の生首だ。齢は三十前後といったところだろうか。

 その男の光のない目は、室内をなめつくす炎の尾をせわしなく追っていたが、急に吸い寄せられるようにノグチの目を捉え、じっと凝視した。ノグチはいささか気詰まりな思いになり、照れ隠しに口の端を歪めて微笑んだ。

 不思議な気持ちだった。己の身体を再起不能にした名も知れぬ男の生首に対して、まるで何度も共に死線をくぐりぬけてきた戦友のような親近感がノグチの心に宿った。

 ノグチは尋ねた。

「お前、名は?」

「田嶋惣兵衛」

「家族はいたのか」

「嫁と年老いたお袋がいた」

「子供は?」

「生まれてすぐ死んだ。お前は?」

「俺はずっと独り身だったから、一度、別嬪と所帯を持ってみたかった」

 ノグチがそう言うと、惣兵衛の生首の表情がやわらいだ。

「若い頃は女のことばかり考えていたなぁ。阿呆のようにそればっかりだった」

「俺には新撰組があった……。一度死んでこの身体になってでも、新撰組のため忠義を捧げたいと思ってきた。しかし、今はそうだな、好きな女がそばにいてくれたらいい、そう思うだけだな」

 ノグチははにかんで言葉を切った。

「なんともかっこ悪い自分語りをしてしまった」

「構わないさ」

 そう返した惣兵衛の生首には火が燃え移り、顔の皮膚や肉を黒々と焦がしはじめていた。相変わらず光の差さない暗い目で、田嶋はノグチを見つめた。

「なぁ、あんた……。来世では味方同士で遭えたら……」

 言葉の最後は火に口を覆われて、聞き取れなかった。ノグチは、惣兵衛の生首が消し炭のように黒々とした塊になるまで見守っていたが、思わず言葉がひとりでに口をついて出た。

「悪いが、俺はもう、生まれ変わるのは御免だ」

 やがてノグチの身体も炎にくるまれて、ゆっくりと人の形でなくなっていった。

 

 火達磨になった鷹司邸を後にした久坂のもとに、一人の伝令が駆け寄り、跪(ひざまず)いた。

「報告申し上げます! 薩摩藩の援軍に側面を突かれ、お味方劣勢! 深手を負った来島又兵衛様が自決され、来島隊はすでに総崩れのご様子」

「又兵衛が……。急の挙兵だものな、やはり陣立てが甘かったか。いたずらに兵を失うのは避けるべきだ。各隊に伝えろ。これより長州軍は大阪に撤退する。そこから水路を使って長州へ帰還するとな」

 承知、と短く叫んで伝令が消えた直後、一本のクナイが久坂の後頭部めがけて放たれた。

 久坂は振り向きざまに拳銃をぶっ放し、クナイを弾き飛ばす。

「後を尾(つ)けてくるとは陰湿なお嬢さんだねぇ。まるで寺子屋の――」

寺子屋寺子屋うるさいのよ、あんたどんだけ寺子屋時代たのしかったわけ?」

 どこからともなくお魁が姿を現し、二本目のクナイを久坂に狙いを定めた。

「でも、三浦たちをあっさり見殺しにして自分だけ逃げるだなんて、寺子屋で学んだ武士道も形無しね」

「女風情に勘違いされるのは虫が好かんね。誰も彼もが手を繋いで並んで歩けるほど、俺の武士道は道幅広くないんでねぇ。道路工事にカネをかけるんなら、横より縦だ。どんなに細い道でもいい、ひたすら道を延ばし続けて己の目的地に到達するのが武士の本懐ってもんでしょうよ。真の同志は俺の後ろからついてくるさ」

 久坂は拳銃の撃鉄を起こし、お魁に向かってまっすぐ構えた。

「それに、三浦はここで殺しておくのが正解なのさ。これ以上、君にやつの周りを嗅ぎ回られて、我々の計画に支障が出ちゃかなわんからね」

「やっぱり気付いていたのね、私の存在に。でも、殺したら元も子もないんじゃないの? あんたたちは、他の個体に引き継がせる情報を丸々失うことになる……」

「複製という技術だ」

 久坂は余裕のある笑みを見せた。

「優等生の三浦が得た経験情報はすでに別の個体にバックアップを取ってある。今回のように、やむを得ず三浦を殺す羽目になった場合に備えてな。これで俺たちは優等生の三浦と、新撰組に入った失敗作の三浦、両方の経験情報を入手したわけだ。君がどうあがこうと時間の無駄なわけだよ」

「じゃあ、せめてあんたの武士道、ここで終わらせるってのはどう?」

 お魁の目が鋭く光った。

「あんたの細くて狭い残念な武士道、ぶった切ってやるから覚悟して」

 

(第16話おわり)

草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第15話

★マーシャルです。なんかこんな久坂玄瑞、新鮮!って思うの自分だけでしょうか?喋らせてみると楽しいです。それでは15話をどうぞ。

 

「未来の新撰組隊士でございまする!」

「イア、ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!

 小佐吉の威勢を聞いたその時、久坂の背後から断末魔が響いた。声の主は寺島だ。

「て、寺島キュン!?」

 久坂が悲鳴の方をふり向くと、そこにはだんだら模様の羽織を着た影が4つ、凛として在った。

「随分と危なっかしかったね、命令違反クン。ですが彼らをここに引き留めたのはお手柄ですよ」

 1つは言わずと知れた総長、山南敬助であった。その羽織と太刀は真新しい紅に染まっており、今しがた寺島を切り伏せたのが彼であることを物語っていた。

「山南さん!」

「おっと、斉藤さんにノグチっち、それにボクも居るよ」

 見るに山南は藤堂と斉藤、ノグチを引き連れてきたようだ。幕府軍がここを制圧するのにはまだ時間が掛かりそうであるが、邸内の形勢が逆転したのは明らかだ。

「さて小佐吉君、早速疑問なのですが、先ほどの敵が三浦君の首を持っていたのを確認したのですが、私の目の前にも三浦君がいるのはどうしてなのでしょう」

「それは……」

 どこから説明したらよいものか、

「それはつまり、そういうことですよ。貴方も我々もあの方の掌の上で踊らされているに過ぎないって事。ひょっとして山南さん、自分だけが特別なのだ!って考えちゃうイタイ人ですかぁ」

 応えたのは久坂であった。状況は一転して追い詰められているというのに、その表情は相変わらず飄々としている。

「やはり象山殿は長州にも……、いいえ全ての勢力に技術を広めているのですね」

「でも、それがどうであれ手前の命がここまでなのに変わりはないよね。ノグチっち、早くやっちゃおうよ」

 藤堂はどうやらこのやり取りに早くも痺れを切らしたようで、はやく太刀を抜きたくてうずうずしている。斉藤が腕で止めていなければ真っ先に斬りかかっていただろう。

「まったく、どうして壬生の犬どもはこうも我慢できない奴らが多いのだろぅか。君アレでしょ、好きなものは最初に食べちゃうタイプでしょ。でも、それは頂けないね。」

 久坂の表情が厳しくなり、若干の悔しさが見て取れた。

「生憎だけど、ここにあった資料は既に同士が回収済み。この場所にもう用はない。まぁ、君たちの資料が手に入らないのは残念だけど、そろそろ撤退するよ。藩の為に死ぬ俺マジカッケェ!!!とか超寒いし」

「久坂さんは必ず返せと、桂殿からのご指示だ。貴様らの相手は我らだ。」

 もう一人の三浦が腕を上げると、新たに鎧をつけた兵が2、3人現れた。おそらく邸内に隠していた屍兵の残りであろう。だが、動きはどこかぎこちない。新撰組の精鋭を相手にしたのならば数分も持たないであろう。

「そのような木偶人形が数体で、ここから活路が開けるとでも?」

 今度は斉藤が問うと、三浦は微笑を浮かべそれに応えた。

「所詮我らは死にぞこない、死人には死人にしか出来ない戦いがあるものよ」

 三浦は銃の火種を身体に押し付けた。他の兵士もそれに続く。

「まずい、山南さん!奴ら自爆するつもりですよ」

 藤堂はそう叫んだ瞬間、辺りは白色と轟音に包まれた。

(第15話終わり)

草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第14話

いがもっちです。

佐久間象山なんでまだ生きてんの? 河上万斉に斬られて禁門の変ではもう死んでいるよね?」

という質問にお答えします。

万斉に斬られた佐久間は死生術を用いて作られてクローン佐久間です。

 

禁門の変にて三浦をうまい具合に操り新撰組が戦場へと赴く口実を作った小佐吉は、今回の禁門の変の首謀者である長州藩、久坂や寺島が朝廷のおわす鷹司邸へ向かったと聞き、三浦とともに鷹司邸に乗り込む。

 

 瞬殺だった。

 改めて言おう。
 瞬殺であったと。
「あんたいくらなんでもそりゃ弱すぎだ!」
 お魁は銃を久坂に構えながら小佐吉に突っ込んだ。
「面目無い」
 瞬殺であったと言ったが小佐吉にまだ息はあった。
 だが勝負はついていた。
 三浦が小佐吉に手傷をつけ今は馬乗りになり刀の切っ先を小佐吉の首にあてがっている。
「はっはっはっ。まるでクラスで一番つえーガキ大将に刃向かうも全く歯が立たない優等生君じゃあるまいしよ。学級委員長ちゃんも呆れ果てるだろうよ」
 はっはっはっ、と久坂は笑う。
「わかんないけどさ、あんた鍛錬がどうのこうの言ってなかったっけ? フィクションの世界じゃ完全に無双する流れだったじゃない!」
「無駄のない動きまことに見事であった。が、あまりに遅すぎる動き残念極まりない」
三浦もあまりの手ごたえのなさにやる気の半分も失っていた。
「この滑稽な喜劇をもう少しゆっくりご覧したいところなのだがねぇ。あいにく俺はこの後、用事が詰まっちゃっているもんで。はぁー、人気者の辛いとこだねぇ」
 久坂は三浦に向かって「ねぇ、もういいんじゃない?」と言う。
「そうだな」三浦はそう言い小佐吉の首を斬りにかかる。
「ちょっと……!」
「おっと」
 お魁が急いで三浦に小刀を投げようとするも久坂の銃口に牽制される。
「出来損ないがお世話になった」
 三浦が刀を振り下ろそうとした時、
「残念ですな。死生術の写しは拙者が持ってるんだけどなぁ」
 小佐吉の言葉に三浦の手が止まり、久坂がピクリと反応する。
「出来損ないだから奪うのは簡単でござったよ。死生術の写し」
 小佐吉は不敵な笑みを浮かべる。
「へぇ……」
 久坂の表情から若干の余裕が消える。
 三浦は止まったままだ。
 お魁は状況を飲み込めず右往左往している。
「どこで、いつ気づいた?」
 久坂が小佐吉に訊ねる。
「たまたまでござる。あいつ自身に死生術の写しを隠すとは象山先生もなかなか小粋なことをしてくれまする」
 実は小佐吉もことの始終をすべて分かっているわけではなかった。
 全ては推論。今までの状況と今こうして久坂や三浦が現れたことを踏まえての推論に過ぎなかった。しかし、三浦や久坂の反応を見て小佐吉の予想が確信へと変わる。
「一種のお遊びのつもりだったんだけどねぇ。ご名答。灯台下暗しとはまさにこのこと。死生術は出来損ないちゃんに隠されていました。先生の死生術の写しを探す新撰組のそばにあえて写しを置く。けど、あまりにこの出来損ないちゃんが騒動ばっか起こすから我慢できなくなってしまったんだよねぇ。先生も。だから殺(や)りにきちゃったってわけ」
 久坂が拍手をする。「けどーー」話を続ける。
「ねぇ君。本当に君が持っているのかい?」
 久坂は小佐吉に鎌をかけた。久坂も死生術の写しがどんなものかがわかっていない。象山にはただ「(新撰組の)三浦の首を持って帰れ」と言われただけだ。おそらく三浦の頭に何か隠されているのだが久坂でもわからない死生術の写しを、たとえ三浦に隠されていることはわかったとしても、果たしてどこに隠されていてどんな形態かこのガキにわかったものだろうか? ガキがハッタリをかましているだけではないか?
 久坂に疑われていることは小佐吉にはわかった。事実、久坂の疑惑通り小佐吉は三浦自身に写しが隠されていることはわかったが、写しがどんなものか分からず奪うことはできていない。フェイクだった。
 久坂の疑いを消し去るにはもうひと押し何かが必要だった。
「そんなもの教えるわけがないでござる。ですが安心されよ。まだ写しのことは新撰組にも申してござらんゆえ。取引といこうではござらぬか。写しのありかを教える代わりに我らを無事解放する」
「おうおうおう。ガキのくせに一丁前に危ない大人ごっこなんかしちゃって。いや、わかるけどね、こそこそタバコ吸いたい子どもの気持ちは……」
「迷っていていいのでござるか。この後の会合に遅れるでござるよ。薩摩やら土佐やら知りませんが」
 これはもう一つの推論だった。対立している言われている長州と薩摩。その両者が実は裏ではつながっているのではないかという推論。佐久間を筆頭とする土佐や長州や薩摩との結びつき。久坂が鷹司邸にやってきたのも死生術の回収とその後の藩の代表者の会合。この鷹司邸が佐久間らの屍研究の拠点であると同時に秘密会合の場ではないのか。
「どこでそんな悪いお遊びを覚えたんだか……仕方ないねぇ。三浦っち」
 久坂はそう言って三浦に小佐吉から離れるよう指示する。
 久坂の反応を見る限りどうやら小佐吉の推論は程度はどうであれ少なからず当たっているみたいだった。
「あんた何もんよ」
 お魁が小佐吉に訊ねる。
「いやいや。拙者はしがない新撰組の雑用係です。そしてーー」
 何人かが屋敷に忍び込みこちらへ近づいてきている。
 小佐吉の一番の目的。
 それは新撰組の他の隊員がここに来るまでの時間稼ぎであった。
「未来の新撰組隊士でございまする!」