歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第22話

●今回はあまりうまく書けませんでした。頭に浮かんだストーリーの流れを、ただなぞってそのまま文章にしたような感じ。でも今回はこれで良いのかも。ヘタに脱線したり力んだりする場面でもないと思うので。

 

 気味が悪い、と怒鳴って福岡は岡田以蔵と思われる亡骸を蹴り飛ばした。床に倒れてもなお、亡骸の下顎はがたがたと動き続けている。福岡が抜刀して切りつけようとすると、戸に隠れていた藤堂が前に進み出て、およしなさい、と止めに入った。

「ちょっと調べさせてもらえませんかねぇ。俺が見たところだと、こいつはたぶん……」

 藤堂は岡田の薄汚れた着物をするすると剥ぎ取ると、痩せこけた左胸に目を留めた。

「小佐吉くん、これを見たまえ。拳銃でずどんと撃たれた跡がある」

「本当だ。よく生きていられましたなぁ。普通、ここを撃たれりゃ心臓をやられてお陀仏でございましょうに」

 妙な感心をする小佐吉を、藤堂は小突いた。

「鈍いなぁ。こいつはいっぺん死んで蘇生された屍人に違いないよ。誰かが岡田を屍人に仕立て上げ、首に爆薬を埋め込んでこのお屋敷に送り込んだんじゃないかい」

「この屋敷に?」

 福岡はピンと来たように言った。

「まさか、この私を暗殺するためにか!?」

「その可能性は高いでしょうなぁ。あんたはここ最近、薩摩藩新撰組と協同する施策を打ち出してらっしゃったようですから、それをよろしく思わん輩がやったのかもしれません。小佐吉はすんでのところで回避しましたが、さっきの爆発、接近した人間ひとり殺すには十分の威力でしたからねぇ」

「どうせならば、この屋敷ごと吹っ飛ばすような爆薬を埋め込んで送ればいいものを、随分とけちな爆弾魔ですな」

 物騒な発想を口にする小佐吉に、藤堂はため息をついた。

「量が多けりゃ重くなるでしょ。屍人だって怪力無双じゃないんだぜ、爆弾の重みでふらついてたら怪しさ満点だろ」

「問題はその爆弾魔が誰であるか、ですが」

 福岡はせかせかと話を進める。

「爆発する前の岡田の戯言……『勝ハ、ヤラナカッタ、……約ソク。其レでセンセィに怒ラレテ』。確か、その直前に武市先生、と抜かしておりましたな」

「ふむ……。命令通りに勝を――私の知る限りでは勝麟太郎どののことでしょうか――暗殺できなかった岡田に業を煮やした武市は岡田を殺害し、その死体を利用して福岡さん、あんたもついでに殺す算段を整えたってところでしょうかね」

「恐らくそうでしょうな。岡田の屍人としての完成度を見るにつけ、佐久間象山のような手練れの作品とは考えにくいですからな。いかにも武市が見よう見真似で作った出来損ないといった様子だった」

 福岡が合点が行ったように頷く。小佐吉も三浦やノグチを思い返してみた。確かに、まるで壊れかけたカラクリのようだった岡田の屍人としての完成度は、彼らに数段劣る。

 人斬り以蔵。彼の半生など知るよしもないが、なんとも憐れな末路であることか。

 だが、感傷に浸っている場合ではない。

『勝はやらなかった。……約束。』

 岡田が遺した言葉の本意はいったい何だろう? 約束を……交わした? いったい誰と?

「ん?」

 小佐吉はふと、戸の外側に人の気配を感じたような気がして振り返った。ところが、立て付けの悪い戸が、少し強い風に煽られて微かに揺れているだけだった。

「気のせい……でござろうか……?」

 

 小佐吉が感づきかけてから十秒と経たないうちに、土佐藩邸を人知れず飛び出した黒い影が一つ。

岡田以蔵……数日前、奴の目撃情報が一件、確か神戸の港であったはず……。行ってみるか」

 影は屋根を跳ね、あっという間に屋敷から遠ざかっていく。

 その影を秘かにつけ狙う、若い御庭番衆が三人。

 その中でもリーダー格の男が、残りの二人に早口で指示を飛ばす。

「俺と羅兵衛はあの会津藩の忍びを追う。奴の行き先は恐らく神戸だ。平助、お前は以上の旨をお魁の頭(かしら)に伝えろ」

「御意」

 言うや否や散らばって走り出す御庭番衆。

屋根づたいに走る影――会津藩家老、秋月悌次郎子飼いの忍びは、遥か後方からひたひたと押し寄せる、二人の御庭番衆の気配を敏感に感じ取っていた。

「……来るか。斬っても斬れぬが影、踏んでも逃るるが影。常人には影を捕らえられぬ。それが定めよ」

 

「影武者じゃと?」

 土佐藩士、坂本龍馬は鸚鵡返しに問いかけた。坂本が神戸で見つけた酒の美味い料亭で、ある人物と向かい合っての席のことである。

「おまん、何を言い出すかと思ぅたら、何でそんなものをわしに勧めるがじゃ」

岡田以蔵のせいじゃ。あの男、ここ最近ちぃと派手に動きすぎたぜよ」

 坂本と対面する男は、岡田の名を口にするとき、露骨な苛立ちを口調にふくめて答えた。

「奴が人を殺し回った神戸や京都で、何度も目撃されとるゆぅ話じゃ。龍馬、おまんも岡田に会(お)うた言うとったき、おまんがここいらに潜伏しとるっちゅうことが突き止められるんも、時間の問題ぜよ」

「……幕府のモンの目ェをだまくらかすために、わしの身代わりを一人こしらえようっちゅう話か」

 坂本は手ずから酒を注ぎながら、低い声で言った。

「その身代わりの命を危険に晒してまで、わしは逃げ隠れしたいとは思わんぜよ」

「そこで役に立つんが屍人じゃき」

 坂本と向かい合う人物は、坂本の答えを予想していたと見え、間髪いれずに切り出した。

「おまんの遺伝子っちゅうもんを使うておまんそっくりの屍人を作り出すがじゃ。佐久間先生ならそれが出来る。龍馬、おまんの身のためじゃ。一度、佐久間先生と会うてみぃ。段取りはわしがつけちゃるきに」

 坂本は酒の入った升をドン、と膳の上に置いた。不愉快そうに眉間に皺を寄せて、坂本は切りだした。

「わしは、あん人の思想が好かん言うたはずじゃ。それを承知で勧めるゆうんなら、もうちぃとおまんの考えが詳しく聞きたいのぅ。……それよりわしが気になるんは、長次郎」

 深い疑惑をはらんだ坂本の眼差しが、向かい合う近藤長次郎の丸い目をしっかりと見据えた。

「おまん、わしに何か隠して企んどることがありゃせんかえ?」

 

(第22話おわり)

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第21話

★マーシャルです。何も言い訳はしません。早速見てください。

 

「……さて、海軍操練所塾生の捕縛にあたって、今回は会津藩を通してある方々の紹介と協力を頂くよう指示がでています」

 山南は話を続ける。しかしその説明はいつもとは違う、妙だ。

 新撰組が、さらに言えば死生技術が関わってくる任務において他の組織と協調するとは……。やはり今回の件は新撰組だけの事案という事ではないのだろうか。

「そのお相手とは」

土佐藩の方々です。一覧を見た通り、塾生の多くは土佐脱藩藩士が占めています。身柄の引き渡しを条件に彼らの潜伏先と思わしき場所の情報を提供していただけるそうです」

「京都で浪人や浮浪者が集まる場所は新撰組の方が詳しいでしょう、それなのに何故」

「今回の任務では迅速な対応が必要となります。我々に必要なのはあくまで技術、そうであるのならば目的は一致し協力するのは必至では」

 そう山南どのに言われれば納得せざるを得ない。

 一方で、藤堂どのも何処か腑に落ちていない様子だ。斉藤どのについては全く読めない。

「藤堂君は小佐吉君を連れて土佐藩邸に向かって下さい」

 山南どのの顔はいつもと同じく平然とそこにあった。

 

 昼過ぎに、小佐吉と藤堂は土佐藩の屋敷の前に着いた。門番に用件を伝え、しばらくすると門が開いた。

 藩邸から出てきた男は痩せぎすではあるが長身で身なりが整っており、見るからにそこいらの浪人とは振る舞いが明らかに異なる。

「お待たせいたしました、新撰組の方々ですね。」

「あなたが福岡どのですか」

「はい、今回は協力感謝します」

 社交的ではあるが、毅然としていてどこか威圧を放っている。気持ちで負けるわけには、と思っていたら藤堂どのが返事に応えた。

「我々は任務を全うするまでです、情報を頂ければその日の内には迅速に事を収められますよ。早速情報を」

「まずはこちらに。お話は途中で」

 

 福岡は歩きながら説明を始めた。

「我々の京都での目的の一つには、藩内の勤王派の急進であった武市半平太が率いた勤王党員の残党の捕縛があります」

「捕縛ですか、今時意外でもありませんが穏やかではありませんね」

「ええ、元々武市についた勤王派には土佐を脱藩した、ならず者も多くいまして。国元だけでなく京でも多くの蛮行が分かっています。ここでの信用は国全体の信用にも関わりますので、我々も必死です」

 無理もない、会津と薩摩が大局を制してからこれまで尊王攘夷だった土佐は時流に遅れまいと大粛清の真っ最中だと専らの噂だ。ここでの活動も既に利用価値の無いその武市とやらの粗を少しでも見つけようとのことであろう。

「ですが、それが今回の件とどのようなご関係が」

「ご存知とは思いますが、海軍操練所には土佐を脱藩した者が大勢在籍していました。彼らの動向を探ろうと我々も近藤という男を送ったのですがここ最近連絡が取れなくなりました。おそらく脱藩浪人と行動を共にしているのでしょう」

「成る程ね。でも肝心の連絡係が寝返ったんじゃ、情報も何もないんじゃない」

「ある程度、近藤の行き先には目途がたちますよ。それにもう一つ」

 そこで福岡は立ち止まった。目の前には土倉が建っている。

「既に重要な人物を我々は捕らえていますので」

 

 土倉の鍵を鍵束から探しながら、福岡は話を続ける。

「先日、藩邸前をふらついている浮浪者を門番が怪しみ捕らえました。本人は鉄蔵と名乗っていましたが、どうも言動がおかしく綿密に尋問をしてみたのです。すると……」

「彼は京で逃げ回っていた勤王党員だと」

 どうして毎度、藤堂どのは結論を急ぎたがるのだろうか。

「……ええ、彼が白状したのは武市の側近しか知らない当時の暗殺計画でした」

 福岡の顔が険しくなる。

「それも実行者しか知らないような詳細な。やつれて人相が変わっていますが、我々はこの鉄蔵が「人斬り以蔵」ではないかと踏んでいます」

 まもなく錠が外れ戸が開いた。土倉の中は暗く湿気ていて、鬱屈としている。

「それはまた本当ですか、真であったら大物ですな」

「ええ、彼は勝や操練所塾生とも関わりがあったようですので今回の件でも何かを知っている可能性が十分あります。ですからまずは直接、問いただす方が良いと思いまして」

 福岡は目と脇差の柄で奥を指した。確かに奥には柱に後ろ手に縛られた男が居た。

「確かにそうだね。じゃ小佐吉、頼んだよ」

「えっ、自分ですか」

「適役でしょ。僕はあんな人斬り相手にお喋りなんて辛気臭そうでヤだし」

「そんなぁ」

 小佐吉は恐る恐る男に近づく。以前、あった時はとてつもない殺気に怖気づいたものだ。まさかまたこうして会うことになろうとは、

「い、以蔵どのでありますか」

「……本マ、酒で後ろから……森、大カワ、渡辺……ヨ道で」

 生気を失い、項垂れ返答は支離滅裂で返って来ないが、確かに以前見た岡田以蔵の容貌に似ている……気がする。

 身に纏うぼろがはだけた上半身は傷と痣だらけであり、凄まじい拷問の痕が伺える。

「ま、また手酷くやられたものですな。じ、実は折り入って聞きたいことがあるのですよ応えていただきますよ」

「上ダ、長野と……其の女、ゼンブコロシタノニ、タケ市センセィ……ドウシテ」

「海軍操練所にいた塾生のことです、何か知っていますか」

「勝ハ、殺ラナカッタ、……約ソク。其レでセンセィに怒ラレテ」

 通じているか分からないが、とりあえず話を続ける。

「彼らの名前に心当たりは、陸奥陽之助沢村惣之丞坂本龍馬……」

「リョ、龍馬」

 始めてこちら側の質問に言葉を返し、反応した。

「!、坂本龍馬を知っているのですか。彼は今どこに」

「龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、」

 口をあけてその名前を連呼する。その様子は狂気を感じずにはいられない。しかし何か変だ。未だ人とはこのように生気が感じられない者なのだろうか。

 

 意味のある、無意味な連呼のさなか、小佐吉は汚れと血で汚れていて気がつかなかったが汚れに隠れてくびに無数の穴があいていて、そこから煙が出ているのを見つけた。

「こ、これは」

 小佐吉は急いでその場から飛びのいた瞬間、以蔵の頭がはじけ飛んだ。

「なっ!」

 あまりにも突然なことに福岡は腰を抜かしたようだ。その隣で土倉の戸に隠れ首だけ出してこちらを覗く藤堂が苦笑いで答える。

「全く、とんでもないものを掴まされちゃったね」

 砕けた西瓜のように残った頭蓋からは下顎だけがいまだに動いて意味の無い言葉を発しようと続けていた。

(第21話おわり)

『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第20話

※どうもいがもっちです。

今回はみなさんお待ちかねのあの人が登場!? 

 

 神戸の夜港を背丈の大きい男が闊歩している。

「冬の神戸は港としては凍結せんぶん優秀なんかもしれんが、南国出のワシにゃあ、やっぱり寒いがぜよ。今夜は鍋じゃのう。あれ? 昨日も鍋じゃったかいのう?」

 大股で歩く大柄な男は冬というのにぼろ雑巾のような薄手の木綿服の上に簡素な黒の羽織を背負っているだけだった。

「あー、寒い寒い」とひと気の少なくなった港で独り言をぼやいている。

 神戸港は年中港として機能しているが、その門戸は国内だけに開かれており外国船の行き来は禁止されていた。

「まぁ、こん街を屍人でいっぱいにしとうないゆう天子様の気持ちもわかる気がすんのう」

 ふと右手に拡がる丘陵状の街を眺めながら男は白い息を吐いた。木樽や俵米が虫食いな状態にある無味乾燥な港とは対照的で神戸の街からは気品さがにじみ出ていた。

「それになんと言っても美人が多いき!」

 きっひっひと笑い普段はたれている目が三日月状に盛り上がる。

「おうおうおうおうおう、兄さん、どこの者(もん)や? えらい大きな図体しとるやんけ。道が狭うてしゃーないわ」

 と、その笑い方が気に障ったのか酔っ払いの集団に絡まれてしまった。酒でも引っ掛けたのだろう。

 先頭の男は串揚げの串を口に咥えている。

 気品溢れる街といえど夜にはこういう輩が一定数いるものか。

「すんません。今どきますき、勘弁願わんやろか?」

 その高い背格好に似合わず腰を低くして大男は退こうとした。

「なんやお前、土佐のもんか。あんな太平洋に面した端っこのところからなんしに来たんな? カツオに飽きて内海の美味しい魚でも頬張り来たんかいな」

「えらい仰々しい刀なんか持ち運んで、武士かいの」

 次々と浴びせられる質問に大男は「いやー」とどう対処していいか考えあぐねていたら、

「おっ、べっぴんさんがおるで……おーい!」

 絡まれないようにか道の端を歩いていた女性に男たちの興味が削がれた。

 「なんやつれんのー無視はないやろが」

「家に帰る前に俺たちと仲良くしようや」

 などと彼女を冷やかした。

「やめいちや」

 大男はついつい腰を低くすることを忘れて語尾強く注意した。

 しかし、それが酔っ払いたちの反感を買ったらしく、大男はしまったと思い、

「いや、ほら彼女も嫌がってますき」

 と言い訳するように付け加えた。

「なんや女に味方すんかいの?」

「おい、ええ格好すなや」

「兄さんはもうちょい話のわかるやつじゃ思うとったんやけどな」

 酔っ払いたちの怒りは収まらなかった。

 いよいよ抗争になりそうなので大男も止むを得ず刀に手が伸びそうな瞬間だった。

「やめときな。あんたら誰を相手にしてんのかわかってんのか?」

 と、着流しの一人の男が現れた。

 岡田以蔵だ。

「なんや文句あるんか……」

 酔っ払いの一人がその男に喧嘩をふっかけようとしたが、以蔵があまりに死を連想させるかのような殺気を放っていたので語尾が「いにゃ」となってしまった。

「おい、いくぞ」

 さっきまでの威勢が雲散霧消したかのように以蔵の眼力だけで酔っ払いたちは小鼠のように去っていった。

 大男は一息ついて以蔵に向かって「よっ」とした。

「わざわざこんなとこきて何しようるがじゃ以蔵。ええ、懐かしいのう!」

 はっはっーと大男は以蔵に駆け寄る。

「ほんまによう助けてくれた」

「俺が助けたのは存外あいつらの方かもしんないぜ? あんたが手を出してたらただじゃすまなかったろ? なぁ、坂本さん」

 

 坂本龍馬

 この五尺六寸、土佐訛りの大男。

 新撰組などが行方を追っている操練生徒の一人であった。

「人聞き悪いのう。わしゃ、何人か峰打ちしたらさっさと逃げるつもりじゃったがえ。そんよりも、ええ、以蔵、鍋じゃ! 鍋でも食おうぞ! それよりおまんは団子より花、女子がええんかえ?」

 必要以上に坂本は以蔵の肩をバンバンやった。坂本と以蔵は同じ土佐藩の出身で小さい頃からの顔馴染みであった。

 坂本の脱藩などもあって一時その袂を分かちていたが、そう容易く切れる縁でもなかったためこうして何度か再会している。

「あいにく俺は別件で来てますんでね」

 以蔵は坂本の手をすっと横に避けた。

「なんじゃ? まだ人斬りなんかつまらんことしとんかい?」

「よくいうぜ。あんたたちは命を弄ぶような研究に加担しているくせに。この刀であんたの心臓(ここ)を一突きしてもどうせ死にゃーしねーんだろ?」

 岡田は抜刀して坂本の心臓にその切っ先を突きつけた。

 その行為に動じることなく坂本はあっけらかんとして、

「以蔵、おまんは少し勘違いしとらんか? 勝先生がしようとしちょることはそんなつまらんことじゃないがぜよ」

「へぇ」

「あっ、信じてないがじゃろ。ええか、確かに勝先生は佐久間先生の弟子で死生術に関しての造詣も深い。そんで操練所でも確かに死生術の研究を行なっちょる。勝先生も佐久間先生も新しい時代の到来のために革命、レボリューションいうがを起こそうとしよる」

 坂本は以蔵から少し間をおき海を見つめながら続ける。

「けんど佐久間先生が好かんのは、先生は下々の民に血を流させ新時代を築こうとしちょるところじゃ。外国に対抗するが目的ながに国内で争そうとる場合じゃなかろうが」

 一瞬、坂本の顔にほんのかすかだが怒りが浮かんだのを以蔵は見逃さなかった。

 坂本の話は佐久間派の以蔵にとっては聞き捨てならない内容であったがその怒りの表情にたじろいでしまう。

「その点、勝先生は無血で新しい世を創ろうとしちょる。勝先生はそれができると信じとるがぜよ」

 気がつけば坂本はいつもののんべりとした笑顔に戻っていた。

「わしももちろんば時代は変わるべきじゃき思うちょるけんど、勝先生と一緒でそんために民が血を流さんでええがじゃ思うちょる」

「たいそう立派なことで。けど、その勝先生も今や部下の尻拭いのために江戸に強制帰還させられてんだろ?」

 以蔵はその笑顔を乱してしまいたいと言わんばかりに買い言葉を口にする。

「そういがぜよ。このままじゃと操練所も廃止になるじゃろうのう。ほんま亀弥太らはつまらんことをしてくれよったきに。命を無駄にするがはほんま大馬鹿もんぜよ」

 坂本の顔に今度は哀愁の念が感じられた。池田屋事件禁門の変に操練生徒が関わっていたことが発覚し幕府の怒りを買って勝は江戸へ帰還を命じられた。

 それにしても。

 本当に喜怒哀楽が激しくそれが表に出せる人だ。

 以蔵は素直に感心した。

「そんで今は薩摩らしからぬなよなよ家老さんのお世話になってるってか?」

「あっ、おまんは小松帯刀さんをバカにしちょるがじゃろ? あのお方はすごいんぜよ? オランダに留学した後、水雷の実験を成功させ、島津久光さんの側役に抜擢されたがじゃき。ほんま凄いお方じゃ」

 今度は藹々とした様子の坂本。

「そうそう、あとおまん。さっきいかにもわしが半屍人じゃないか疑(うたご)うちょったみたいやけんども、わしは歴とした普通の人間がじゃき。心臓(ここ)をやられたら一瞬であの世行きじゃき。刺さんといてくれの」

 そうだったのか。

 少し驚く以蔵。

 今や各組織の上は半屍人が多いとも聞くのでてっきり坂本もそうなっているのではないかと思っていた。

 しかし、この人は昔のままだった。

 曲がったことが嫌いな。

「長州の久坂などとは違(ちご)うての。禁門の変で久坂は死んどるされちょうらしいが十中八九生きとるじゃろうのう」

 以蔵は久坂の生死に関してはとある情報網で既知であったため坂本の予測が当たっていることがわかっていた。

「そうがじゃ、おまんも人殺しなんかやめてわしらとともに行動せんかえ? いま、新しいことを考えちょっての。カンパニーゆうもんを創ろうとしちょって……」

 坂本の話が終わらぬうちに以蔵は背を向け歩き出していた。

「ああ、どこ行くがじゃ!」

「あんたといたら毒気が抜かれちまわ。俺はもう少しやらんといけんことがあるき」

 ついつい以蔵も坂本に飲み込まれ土佐訛りが出てしまった。感情の波が激しい坂本といるといつのまにか彼のペースに引きずり込まれてしまう。

 ここら辺が潮時だろう。

「待っとるがぜよ! 前に用心棒として勝先生を護ってくれたみたいにおまんの剣は人を護るために使うべきがぜよ!」

 ……『人を護るため』……か。

 坂本は以蔵が遠く見えなくなるまで笑いながら手を振っていた。

 

※真冬の神戸港で二人は再度袂を分かつ……。

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第19話

●ゴクツブシ米太郎です。ヒートアップして参りました!

 

「土佐というところは、なかなか面白い土地柄らしくてね。険峻な山や曲がりくねった長い河がもたらす厳しい天災が、負けん気の強い豪胆な快男児を量産するんだと」

 竹刀での稽古を終えて、胴着を脱ぎ捨てながら、沖田総司が涼やかな声で小佐吉に話しかけた。稽古の相手を務めた小佐吉はボロ雑巾のように床に伸びていたが、不意に首を上向け、にこりと笑って見せた。

「その土佐が産んだ傑物、坂本龍馬……。一手、仕合(しお)うてもらいたいものでございますな」

「小佐吉もといザコ吉なんて、刀使うまでもなく瞬殺だろうぜ。デコピンで仕舞いよ、デコピンで」

「ハハハ、藤堂どのと同じことを仰いますか。こりゃ手厳しいですなぁ」

 たまの休日、何をして時間を使おうかと考えていた小佐吉は、屯所で朝食を食っている最中にふらっと現れた沖田一番隊隊長に稽古をつけてやる、と引っ張り出された挙句、こてんぱんにうちのめされたのだった。

 しかし、床に叩き伏せられても小佐吉の心は宙に浮くように軽く、弾んでいる。

小佐吉が救いようのないマゾヒストだったとか、そういう話ではない。もしかするとそうなのかも知れないけれど、少なくとも今回は、彼の性的嗜好と弾む心の因果関係は特にない。

入隊当時は小姓以下の雑用係という身分だった自分が、休日に新撰組一の剣豪と誉めそやされる沖田に稽古を誘われるまでに至ったのだ。身に余る光栄とはまさにこのことであろう。

 その高揚感が手伝ってか、山南総長から下った任務のことは伏せつつも坂本龍馬を追うことになるかもしれないということを、小佐吉は沖田に話して聞かせたのだ。

「藤堂……と言えば」

 沖田は手ぬぐいで額の汗を拭きながら、独り言のようにつぶやいた。

「最近、彼は伊東さんと親しくしているようだな」

 伊東甲子太郎(かしたろう)――つい先日、新撰組に「参謀」という副長と並ぶ破格の待遇で入隊した男だが、これが相当の逸材だった。

千葉周作が拓いた北辰一刀流を若くして修めた剣術の達人でありながら、勤王思想や文学ほか様々な学問に精通した文武両道のスペシャルエリートである。弁舌も巧みで隊士たちを惹きつけ、彼と共に入隊した篠原泰之進らを中心に、すでに「伊東派」なる派閥が沸々と醸成されつつあった。

「伊東どのと藤堂どのは新撰組に入る以前からの付き合いがおありですし、親しくされるのも尤もなのでは?」

 小佐吉の問いに沖田はうん、と頷いておきながら、その表情はあまり冴えなかった。

「いやね、最近、山南さんに近い人が段々と離れていってるように見えてね。斎藤さんもここにきて、土方さんの右腕としての頭角を現しはじめた。脱走した隊士の粛清やら政治的な根回しやら、組織が大きくなってきた分、土方さんがこれまでのように一人で切り盛りしきれなくなっていたところを見事に穴埋めするようなあの活躍ぶり。そりゃあ土方さんも重宝するさ」

 藤堂は伊東に、斎藤は土方に。力ある者は己の力を増幅させるキーマンをまるで磁石のように引き付け、自分の周りを固めようとしている。そんな中、山南総長が取り残された立場は非常にもろく、危うい。

 小佐吉も持ち前の勘のよさで、新撰組内部のそういった事情には感づいてはいたが、あの泰然自若とした山南総長の様子を見ていると、自分がどうすればよいのか、とんと困ってしまうのだった。

「あ、降ってきた」

 沖田が軒下から首を伸ばして空を見上げて言った。小粒の雨が庭の赤土にしみ込み湿っていく、しめっぽい匂いを小佐吉が嗅いでいると、沖田がぽつぽつと話し出した。 

「水……に喩えるなら、土方さんは滝かね。とめどない勢いで一気呵成に敵を打ち倒し、なぎ払う。人を寄せ付けない厳しさと苛烈さは敵を震え上がらせ、味方を勇気で奮い立たせるのさ。一方、伊東さんは深海だ。極めた剣術と学問は広く深く、その虜になって近づいた人を飲み込んじまう」

「なるほど……」

 小佐吉は沖田の横顔をまじまじと見つめた。自分とそう違わぬ年齢の男が、こうも鮮やかに人を評するのを聞いていて、すっかり感心してしまったのだ。

 沖田の話は続いた。

「そうすると山南さんはなんだろな、しんと静まり返った、波立たぬ湖水といったところか。人を畏怖させる峻烈さも、魅惑的な底の深さもありゃしねぇ。あるのは壊しがたい静寂だけだ。風が吹いて波立つのさえ惜しまれるような、あの静かさはなんだろな。なんなんだろうな……」

 沖田の目がふと小佐吉を見据えた。

「お前さんはなんだい?」

「拙者は、そうですなぁ、この雨にでもなれればと」

「雨?」

「ええ。滝だろうが海だろうが湖だろうが、どんな水の懐にも入っていけるような、自由な雨に」

 ふふん、と沖田は愉快そうな笑みを漏らした。

「なに締まりのイイこと言っちゃってんの。うぬぼれがすぎるぜ、お前さんが土方さんたちの懐に、ねぇ」

「それは拙者も同じ思いでございます。今の自分はせいぜい、犬の小便といったところですかな」

 今度は、沖田は声を上げて笑った。

「犬の小便でも懐には入れるってかい」

「ええ。ちょいと水が黄ばみはしますが、すぐに馴染むじゃありませんか」

「うふふ、ばかばかしい」

 沖田はよいしょ、と立ち上がった。

「こんな雨の日に屯所なんぞにいたら気が滅入る。ひとっ風呂あびたら、町に出て女でも買おうぜ」

 そういった遊興が不得手の小佐吉はどう答えたものか逡巡したが、答える前に、沖田の身体が前に傾いで、庭にどしゃりと倒れた。

「……沖田ど……の?」

 目の前で起こったことを、しばらく脳が処理できなかった。我に返った小佐吉は沖田の身体を助け起こしながら、叫んだ。

「沖田どの!」

「んや……大丈夫だ、ちょいと眩暈が……。いてっ、右手をすりむいてやがる」

「お待ちくだされ、今、誰か人を呼び――」

「やめろ」

 沖田は低くうなるような声で言った。小佐吉はぴたりと口をつぐんだ。さきほど竹刀で受けたどの打撃よりも強く、その声は小佐吉の胸を打った。

「このことを他言したら殺すぞ。…………目ん玉と金玉にデコピン百連発だ」

 沖田はゆっくりと起き上がると、濡れた土を衣服から払い落とした。

「最近じゃもう慣れっこなんだ、このくらい。逐一報告してたら、俺は信用を失っちまう。いざ決戦のときに倒れられちゃ困るとか思われてね」

 慣れっこになるほど倒れるなど、尋常ではない。医者に診てもらってしっかり療養すべきではないのか。そう思った小佐吉に、沖田は言い放った。

「俺もお前さんとおんなじで、なるなら雨だ。でも、天地がひっくり返るほどの土砂降りじゃなきゃだめなんだ。滝も海も湖も、みんな飲み込んじまうくらいの、でっかいことをやり遂げて、そう、やり遂げたあとでぶっ倒れて死んでしまうってんなら、それはそれでいいんだ。そんときはそれまでさ」

 最後は自分に言い聞かせるように喋り終えると、竹刀や胴着も投げ打ったまま、沖田はゆっくりと部屋の奥に歩いていって姿を消した。

 

 同刻、会津藩筆頭家老・秋月悌次郎が京都に構える屋敷では、一人の女が秋月と対座していた。

「ほう……。御庭番の頭目を招いたつもりだったが、これはまた座がずいぶんと艶やかになりますな」

 正座してお辞儀をした目の前の女を、秋月は物珍しげに眺めた。

 女は楚々とした面持ちで口を開いた。

「お魁(かい)と申します。このたびはかようなご立派なお屋敷にお招き頂き、恐悦至極にございます」

「お魁、お魁かー。お魁ねぇー。なんかごつくて可愛げのない名前だのぅ。よしお前、今すぐ改名せい。『お琴』か『おりん』、好きなほうを選ぶがよい」

「その乾いたワカメみたいなアゴヒゲむしりとるぞ、クソジジイ」

 清楚さをかなぐり捨てて突っかかるお魁を、そばに控えていた部下が宥めて座らせる。お魁はコホン、と咳払いひとつして、

「今日はいかな御用で」

「屍生技術、その鍵を握る者たちがおるだろう? 勝麟太郎の弟子たちのことだが」

「勿論、存じております。昨日のことですが、われわれ御庭番に上様直々の下知がございました」

 お魁は声をひそめ、告げた。

「屍生技術に関与した疑惑のある者、此れを全て誅殺せよ――こと、勝麟太郎の弟子たちは見つけ次第、早急に始末をつけよと」

「その件についてはわしも、我が主、松平容保から聞き及んでおる。問題はそこではない」

 秋月は脚を組み替え、身を乗り出した。

「聞いて驚くなよ。わしは会津藩独自の情報網を使って、弟子の一人の潜伏先を突き止めたのだ」

「何ですって!?」

 お魁は思わず声を上げた。こんなにも早く情報をつかむとは、いったいどのような手段を使ったというのだろう。諜報のプロ、御庭番がまだ何も突き止めていない、この段階で。

「驚くなよって言ったじゃーん、お魁はホントあわてんぼさんなんだから、んもー」

「次ふざけたらそのヒゲ燃やすよ?」

 悪ノリする秋月に、お魁はぴしゃりと言い放っておいて、

「して、その人物とは?」

近藤長次郎土佐藩で饅頭売りを営んでいた若者でな。あの坂本龍馬とかいう胡散臭い輩と親しいらしく、最近は坂本とともに国内外を問わず商人と武器などの取引をはじめたと聞く」

「近藤の潜伏先は、どこなのです?」

「そこについては、我々も取引といこうではないか」

 急いて尋ねるお魁を弄ぶかのように、秋月は緩慢な口調で応じた。

「潜伏先を教える代わりに、近藤の身柄を一時、会津藩預かりとしたい」

「しかし、主命は……」

「わしとてそれは心得ておる。最終的には近藤が御庭番に引渡され、その首が刎ねられることに異論は無い。が、屍生技術を知る者すべてを抹殺することは、屍生技術に関する知識を闇に葬り去るに同じ。それはちと勿体なかろう?」

「要するに、秋月様は屍生技術に興味がおありで、関係者である近藤長次郎に色々と尋問なさりたいと?」

 お魁はおもむろに立ち上がると、毅然とした態度で言い放った。

「恐縮ながら、主命に背くことは致しかねます。この話はなかったことに」

 部下を連れ、きびすを返したお魁の姿が消えると、秋月悌次郎の背後にどこからともなく人の姿が現れた。

「……尾けますか」

「構うな。ああ見えて天下の御庭番。そなたとて返り討ちに会うやも知れぬ」

 秋月は顎鬚を撫でながら、

近藤長次郎は捨て置け。今は泳がせ、宜しき時に大物を釣る餌となってもらおうぞ。……引き続き、もう一人の探索を続けよ」

「御意」

 そう、坂本龍馬たちを、屍生技術を追っているのは新撰組だけではなかった。各勢力が己の利益や目論見のため鼻を蠢かせ、今や一触即発の状態であった……。

 

(第19話おわり)

草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第18話

★マーシャルです。遅筆すまない。『草莽ニ死ス』新章をスタートしたいと思います。お魁をどうも上手く使えないのは仕様では無く、マーシャルの実力がないからです。

「はぁ、すっかり寒ぅなりましたなぁ」

 屯所の中で小佐吉は茶を飲み、そう呟いた。鮮やかだった嵐山の紅葉も見頃を過ぎ、冬が近づき始めていた。禁門の変による動乱から、町もようやく落ち着きを取り戻し日常を取り戻ししつつある。

 あれ以降、お魁どのとは一度も会っていない。勿論久坂の行方についても不明のままである。

 見事活躍を果たした新撰組はその後、小佐吉が知る限り大小様々な変化があった。

 1つは新選組そのもの。見事、天子様の敵を追い払ったと都での庶民からの評判は一層、高くなっている。幕府、会津藩からも相当な額の恩賞を受け賜ったとか。これによって、新撰組の拡張拡充が決定し、隊内では大きな人事編成が行われた。

 2つは自分がこうしてお茶を啜れることであろう。鷹司邸での功績から小佐吉は一端の隊士として認められるようになっていた。そして、

「まったく、隊士になってもキミは呑気なものだ。ねぇ、藤堂くん」

「えっ、ええそうですね山南さん」

 3つ目はこうしてお茶一緒に飲んでいる藤堂どのだ。ノグチどのを失って以来、藤堂どのはどこか無理をしている。聞けばお二人は生前(死後も動いているので何ともヘンであるが)年が近いため仲が良く、沖田どのを交えよく街で遊んでいたとのこと。やはり友を二度も失うというのは応えるモノなのであろう。近藤局長と江戸での隊拡張に関する任務から戻って来られてからも相変わらずのままであった。

 山南どのはと言えば、その表情は落ち着き常に冷静沈着としている。しかし、彼自身に何も変化が無かったわけではない。隊の拡充は幹部組織の再編を含んだ大規模なものであった。再編後の山南どのの地位は以前のまま、むしろ屍生技術の調査に専念せよとの命が出ていた。呑気にしているのはむしろ山南どのの方ではないか。

「自分の性分ですからな、それよりも今回の任とはどのようなものですか」

 小佐吉は思いを飲み込み、話を切り出した。何も山南らと本当に茶を飲み、世間話をするためにここに居るのではない。彼から直々に呼ばれたのだ、それも内密に。招かれたのは小佐吉と任務から戻ったばかりの藤堂、そして斉藤の3名であった。

 

「実は禁門の変以降、分からなかった死生技術の行方についてですが新たな情報を入手しました。今回の任務はそれに関しての事です」

 やはり、三浦を失って以降、新撰組は死生技術について手を拱いていた。山南どのの部屋には間諜を務める隊士が最近多く出入りしている。ここにきて進展があったのだろう。

「幕府の中でも禁門の変によって状況が大きく変わりました。特に軍艦奉行であった勝海舟が先日、操練所生徒の長州方への参加の責を問われ、江戸に呼び戻されました」

「それが屍生技術とどう関係があるのですか」

「勝は佐久間象山の門弟だ」

 無言であった斉藤が今日始めて口を開いた。

「なんと!」

「本題はここからです。実はその勝海舟が江戸に召還される直前、薩摩藩小松帯刀と密命を結んでいたことが分かりました。その内容は京に潜伏する操練所生徒数名の保護と引き換えに彼らの誰かに託した死生技術の資料を引き渡す事でした。」

「成る程ね、戦争での活躍だけでなく、死生技術までもが薩摩藩の手に渡るのは会津藩ひいては新撰組にとっても不利なことだ、っていうわけだね」

 藤堂が口を挟む。確かに死生技術どうこうよりも薩摩が絡むとなると、上の事情も絡んでくるという事だ。ここでの活躍が新撰組の更なる拡充、山南の影響力に繋がっていくというわけだ。

「そうです。薩摩藩や他の追手よりいち早く彼らを捕らえ、死生技術の奪取、及び流出を防ぐことが今回の我々の任務です」

「それはそれは、なんとも我々向きの任務でありますな」

「生徒の人相や特徴は既に一覧にしています。各自、頭に入れておいて下さいね」

 山南は紙切れを3人に手渡した。どうやら対象はそれほど多いわけではなさそうだ。

「どれどれ」

 小佐吉は一覧の中のある名前に目が留まった。それは以前に藤堂から聞いた名だ。その隣では藤堂も愕然としている。

 坂本龍馬 五尺六寸、土佐訛り……

(第18話終わり)

歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of blood〜』 第17話

☆いがもっちです。

お笑いと女の子はその実似ていて、追いかけたら手に入らない。

 

 瞬殺だった。

 改めて言おう。

 瞬殺であったと。

「畜生。なんだってんであんなおチビちゃんみたいな目に合わないといけないんだ」

 瞬殺とは言ったが彼女の息はまだ続いている。

 ただ勝負はついていた。

 お魁は床にひれ伏しそれを久坂が靴裏で踏んづけているのが今の構図である。

「くくっ、ちょい〜っと本気を出しすぎたかねぇ。女風情に。もしかして軍師的なポジションで戦闘はからっきしだと思っちゃった? 残念だねぇ、それは残念。」

 久坂は拳銃を彼女の頭に構え直す。

「参勤交代は帰るまでが参勤交代つってね。無事に帰らないと想定していた物語(けいかく)通り進まないんでね。それにあんたは生かしちゃおけないからね。悪いけどちと力を出させてもらったよ。それじゃあ、後が押してるんでアディオ……」

「うおーーーーー」

 突然、不意に、二人の間にそれは回転しながら蹴鞠のように突っ込んでいきました。

 得体も知れぬ物体にさすがの久坂も飛び退いた。

「無事でござるか!? お魁どの!」

 それは紛れもなく小佐吉だった。片膝立ちでキメたように登場するも全身傷だらけであった。

「どんな登場の仕方!? 山車の車輪でもあるまいし。しかし助かったわ。恩に着る」

「あいもかわらず邪魔をしてくれるねぃ。山を走っていたらことごとく関所に阻まれてしまう間者のような気分だぁ。めんど臭いしもうここまできたらいっそのことみんなで自爆でもしちゃう?」

 だるそうに久坂はため息をついた。

「拙者は嫌でござるよ。死に際が薬品の化学反応など。寺子屋で学んだことが死に際になってようやくわかるなんて真っ平御免でござる。もっとも原理などは結局さっぱりでござったが。それに……」

 久坂の目が大きく開かれる。彼の腹に白銀の刃が生えていた。

「ガフッ……ねぇ、背後からは卑怯なんじゃないの?」

「斉藤殿がおわします。天に召されるのはそなただけで十分でござるよ」

 斉藤が剣を久坂から抜くと久坂は膝から崩れ落ちた。

「これにて一件落着!」

 腰に手を当てて小佐吉が威張った。

「まだだ!」

 遺体と化したはずの久坂の背中から黒い針金のようなものが貫いて出てくる。斎藤はさすがの反射神経で避けるもかすり傷を負った。

「おいちちちち、あー、痛かったよ。背後から急に刺すとは武士道のかけらもないね。そんなの無視だどうって、痛すぎて面白くないこと言っちゃったよ」

「ヒィー、ゾンビだぁい」

 小佐吉がいつになく取り乱した言葉(セリフ)を吐いた。久坂の背から生えた黒い禍々しき棘は羽のように彼の背に収まると同時に傷口が修復し、彼のその眼は真っ赤に充血していた。

「それが噂に聞く“半屍人”ってやつかい?」

 お魁がいち早く状況を察知した。

「さすがは幕府お抱えの諜報機関。いや、ニンニンニンジャ様というべきかな」

 久坂の言葉を聞いて斎藤はお魁の方を向き、

「お前は……」

「御庭番でござったか」

「……将軍直属の情報収集のスペシャリスト」

「って、山南さま方いつのまに!?」

 山南と藤堂が駆けつけていた。ノグチの姿は見えない。

「あー、『申どきくらいだよ全員集合』ってなわけね。どうするもう本当にお茶でもする? それか君たちももういっそのこと会議についてきちゃおうか?」

 久坂は天を仰ぎ「あーー」と言って、

「でも俺ってこう見えて遊びとか企画する側じゃなくて誘われたらついていく側なんだよね。だから気が弱い僕ちんは他のみんなの顔色を伺わないと君たちを連れていけないや」

 そうして久坂の足元からすごい勢いで煙が渦巻いた。

「煙幕。なんと古典的な手を!」

「今度は本当にアディオス。そうそう。借りた銭とやられた傷は倍にして返せってね。斎藤くん」

 それを最後に声が途切れる。

 煙幕が晴れた時には久坂は消えていたのだった。

 

 

 

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第16話

●ゴクツブシ米太郎です。小説における「火のカタルシス」は芥川の『地獄変』とかモームの『月と六ペンス』とか色々あるけれど、いざ自分で書いて見るとやっぱり耽美的な雰囲気を目指してしまいます。そう書かせる火の魔力と言うか魅力と言うか、それに無理やり抗ってみると一風変わった描写が生まれるのかもしれない。

 

 白煙と轟音が鎮まると、小佐吉はおそるおそる目を開けた。とてつもない爆風で後方に吹き飛ばされはしたが、身体は無事のようだ。

「ノグチっち!」

 藤堂の叫び声につられて、小佐吉はハッと身体を起こした。まるで崩れかかった城のように、ノグチが片膝をついて頭(こうべ)を垂れている。見るに耐えない無残な姿だった。衣服は剥ぎ飛び、焼け爛れてべろりとめくれ上がった皮膚が宙をそよいでいた。

 その様子を見れば、ノグチが何をしたのかを推し量るのは容易かった。

「死人にしかできない戦い方があるんなら、死人にしかできない守り方ってのもあるでしょうよ」

 ノグチはびくとも動かず、ひどくかすれた声で言った。屍である彼に痛みを感じるすべはないはずだが、あれほどの爆発を一身に受けては、身体が思うように機能しないのかもしれない。

「ノグチ……。すまなかった……」

 斉藤は無念そうに声を漏らした。続けて何かを言いたげに口を開いたが、爆発の火が回って倒れてきた柱をよけるのがやっとだった。

「皆さん、俺のことはもういいんです。今は逃げて、任務を全うしてください」

 言い終わるや否や、二本目の柱が傾いて、ノグチの腰を打った。ノグチはバランスを崩して床に転がった。火は執拗に畳や襖を焼き尽くし、柱を伝って天井を朽ちさせていく。燃え盛る木の繊維が千切れるぺきぺきと乾いた音を立てるのを、ノグチが黙って聞いていると、ふと、自爆した兵士の首が畳の上に転がっているのが視界の隅に映った。鼻は削げ、額にヒビが入った男の生首だ。齢は三十前後といったところだろうか。

 その男の光のない目は、室内をなめつくす炎の尾をせわしなく追っていたが、急に吸い寄せられるようにノグチの目を捉え、じっと凝視した。ノグチはいささか気詰まりな思いになり、照れ隠しに口の端を歪めて微笑んだ。

 不思議な気持ちだった。己の身体を再起不能にした名も知れぬ男の生首に対して、まるで何度も共に死線をくぐりぬけてきた戦友のような親近感がノグチの心に宿った。

 ノグチは尋ねた。

「お前、名は?」

「田嶋惣兵衛」

「家族はいたのか」

「嫁と年老いたお袋がいた」

「子供は?」

「生まれてすぐ死んだ。お前は?」

「俺はずっと独り身だったから、一度、別嬪と所帯を持ってみたかった」

 ノグチがそう言うと、惣兵衛の生首の表情がやわらいだ。

「若い頃は女のことばかり考えていたなぁ。阿呆のようにそればっかりだった」

「俺には新撰組があった……。一度死んでこの身体になってでも、新撰組のため忠義を捧げたいと思ってきた。しかし、今はそうだな、好きな女がそばにいてくれたらいい、そう思うだけだな」

 ノグチははにかんで言葉を切った。

「なんともかっこ悪い自分語りをしてしまった」

「構わないさ」

 そう返した惣兵衛の生首には火が燃え移り、顔の皮膚や肉を黒々と焦がしはじめていた。相変わらず光の差さない暗い目で、田嶋はノグチを見つめた。

「なぁ、あんた……。来世では味方同士で遭えたら……」

 言葉の最後は火に口を覆われて、聞き取れなかった。ノグチは、惣兵衛の生首が消し炭のように黒々とした塊になるまで見守っていたが、思わず言葉がひとりでに口をついて出た。

「悪いが、俺はもう、生まれ変わるのは御免だ」

 やがてノグチの身体も炎にくるまれて、ゆっくりと人の形でなくなっていった。

 

 火達磨になった鷹司邸を後にした久坂のもとに、一人の伝令が駆け寄り、跪(ひざまず)いた。

「報告申し上げます! 薩摩藩の援軍に側面を突かれ、お味方劣勢! 深手を負った来島又兵衛様が自決され、来島隊はすでに総崩れのご様子」

「又兵衛が……。急の挙兵だものな、やはり陣立てが甘かったか。いたずらに兵を失うのは避けるべきだ。各隊に伝えろ。これより長州軍は大阪に撤退する。そこから水路を使って長州へ帰還するとな」

 承知、と短く叫んで伝令が消えた直後、一本のクナイが久坂の後頭部めがけて放たれた。

 久坂は振り向きざまに拳銃をぶっ放し、クナイを弾き飛ばす。

「後を尾(つ)けてくるとは陰湿なお嬢さんだねぇ。まるで寺子屋の――」

寺子屋寺子屋うるさいのよ、あんたどんだけ寺子屋時代たのしかったわけ?」

 どこからともなくお魁が姿を現し、二本目のクナイを久坂に狙いを定めた。

「でも、三浦たちをあっさり見殺しにして自分だけ逃げるだなんて、寺子屋で学んだ武士道も形無しね」

「女風情に勘違いされるのは虫が好かんね。誰も彼もが手を繋いで並んで歩けるほど、俺の武士道は道幅広くないんでねぇ。道路工事にカネをかけるんなら、横より縦だ。どんなに細い道でもいい、ひたすら道を延ばし続けて己の目的地に到達するのが武士の本懐ってもんでしょうよ。真の同志は俺の後ろからついてくるさ」

 久坂は拳銃の撃鉄を起こし、お魁に向かってまっすぐ構えた。

「それに、三浦はここで殺しておくのが正解なのさ。これ以上、君にやつの周りを嗅ぎ回られて、我々の計画に支障が出ちゃかなわんからね」

「やっぱり気付いていたのね、私の存在に。でも、殺したら元も子もないんじゃないの? あんたたちは、他の個体に引き継がせる情報を丸々失うことになる……」

「複製という技術だ」

 久坂は余裕のある笑みを見せた。

「優等生の三浦が得た経験情報はすでに別の個体にバックアップを取ってある。今回のように、やむを得ず三浦を殺す羽目になった場合に備えてな。これで俺たちは優等生の三浦と、新撰組に入った失敗作の三浦、両方の経験情報を入手したわけだ。君がどうあがこうと時間の無駄なわけだよ」

「じゃあ、せめてあんたの武士道、ここで終わらせるってのはどう?」

 お魁の目が鋭く光った。

「あんたの細くて狭い残念な武士道、ぶった切ってやるから覚悟して」

 

(第16話おわり)