歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第13話
●ゴクツブシ米太郎です。10話以上経過してもあまりに男だらけのチャンバラ大会すぎるので、女性キャラクターも出してみました。こいつも結局チャンバラしてるだけですが……。
第13話
胸を深くえぐった脇差が抜かれると、三浦啓之助は力なく畳に転がった。
「久坂ッ……玄瑞」
三浦は畳に染みていく己の血だまりを見ながら、虫の息で必死に問いかけた。
「俺を手にかける……とは、気でもふれたか……? お、俺が死ねば父……上が黙っちゃいねぇぞ」
「勘違いも甚だしいねぇ、出来損ないの三浦くん。まるで同じ寺子屋の女子とちょっと目が合っただけで『あいつ俺に気があるんじゃね?』って思い込んじゃう男子くらいのクソ勘違いだねぇ」
久坂は狙いを定めるかのように、三浦の首筋に脇差をぴたりと押し当てた。ひやりとした鉄の感触が、三浦の弱っていく心臓を震え上がらせる。
「残念だったねぇ。お父上の頼みで俺は君を抹殺しにきたみたいなトコあるからねぇ。つーか、まぁ、事実そうなんだけど。君の生首を持って帰れば、お父上は大喜びなんだよ」
「う、うそだ……!? 父上は……俺のことを、あ、愛してくれているのに――」
「それも勘違いだねぇ。まるでたまたま掃除当番いっしょになって、ちょっと雑談交わしたくらいで『やっぱあいつ俺のこと好きなんじゃね?』って確信しちゃうチェリー男子くらいのクソ勘違いだねぇ」
久坂はおーい、と部屋の外に向かって声をかけた。
「寺島キュン、こいつ殺る?」
「イヤッホーゥ! オフェーイ!」
刹那、おかっぱ頭の青年が飛び出してきたかと思うと、斧で三浦の首を一刀両断してしまった。
「ちょっと、勢いよすぎ! 三浦の首どっか飛んでっちゃったよ! 寺島キュン、全力で拾ってきて! あれ持って帰らなきゃいけないんだから」
「オゥイエェェ! ポォォォウ」
ばたばたと駆け出す寺島忠三郎を見送ったあと、久坂は三浦の首なし死体を見下ろし、つぶやいた。
「君みたいな“人でなし”がねぇ、いくら『あいつ俺だけ接し方違くない? 告ったら絶対いけるやつだわ』なんて思ったところで勘違いは勘違い、学園青春モノなんて君には一生縁がないんだよ。出来損ないの君には薄暗い墓場がお似合いだね」
そう言い捨てた久坂が背を向けたとたん、三浦の死骸がびくん、と跳ね、ゆっくりと起き上がったかと思うと、久坂めがけて襲い掛かった――。
「長州の者かって……? あんなイモ侍どもなんかと一緒にしないでくれる?」
“影”は小佐吉の眼前に姿を現した。小佐吉は目を瞠った。“影”の正体は忍びのような黒装束を身にまとった女だったのだ。
小佐吉の警戒感はいくらか薄らいだものの、当然の疑問は拭えない。
「おぬし、何者だ? 何の用でここにいる?」
「私の名は魁(かい)。普段は流しの遊女をやってるが、たまに特命で忍び稼業もこなす。二足のワラジってやつさ」
「お魁どの、か。遊び女にしてはちと、イカツイ名前にございまするな」
小佐吉が本音を口にすると、お魁の目がキッと細くなる。
「別に関係ねーし。つーか、そーゆーとこで勝負してねーし。あんたこそその制服、新撰組だね? それなのに腰からぶら下げた得物が木刀って、なんだいそりゃ」
そこへ、お魁の背後からゆらりと現れた男を見て、小佐吉は安堵して声をかけた。
「おお、三浦どの。どこに行かれたかと心配しましたぞ。拙者は今しがた、自称遊女の不可解なおなごに絡まれておりましてな」
「そうか。それは憂慮すべき事態に相違ない」
三浦は前金具に鯛のレリーフをあしらった煙草入れを懐から取り出すと、落ち着いた所作で煙草をふかしはじめた。
「ただでさえ人の子の命数は短いというのに、不可解なおなごとの不毛な会話に数分を割いたとあれば、その無駄は惜しんでも惜しみきれるものでもないな」
「は……?」
小佐吉は目をぱちくりさせた。
「み、三浦どの……? 本当におぬし、三浦どのなのですか? 何やら、キャラクターが……」
「やれキャラクターだ、やれ世界観だ、などという議論に興じている余地は無い。有限の時の中で、ただ只管に物語を前進させねばなるまい」
謎めいた発言に小佐吉が気を取られている隙に、三浦の手は刀の鞘にかかっていた。
次の瞬間、二本の刀が小佐吉の目と鼻の先でぶつかり合い、火花を散らせた。
鞘から抜きざまに、小佐吉の脳天に振り下ろされた三浦の刀と、それを受け止めたお魁の小刀。まるで静止画のようにびくともせず、鍔迫り合う。それを尻目に、三浦のキセルから白煙がゆっくりと立ち昇る。
「不可解な女が不可解なマネを……。私の行動計画にこれほどの無駄をねじ込むのは差し控えて頂きたい」
「あんたのその野暮ったい口調がいちばん無駄だっての!」
お魁は渾身の力で刀を弾き返した。が、反動で身体が後ろ向きによろける。その間隙を狙って再度、刀をふりかぶった三浦の顎を、畳に手を付き宙返りしたお魁の脚が蹴り飛ばした。
小佐吉がもたもたと木刀を構えようとしていると、態勢を立て直したお魁に腕をむんずとつかまれた。
「逃げるよ!」
走り出しながら、小佐吉は口を開いた。
「お魁どの。拙者、あまりの急展開についていけず、何から問うてよいものやら決めかねるのだが……」
小佐吉は唾を飲み下し、意を決して尋ねた。
「お魁どのの胸のサイズはいったいいくつなのだ? 遊女ともなれば相当大きいのではないか?」
「いちばん最初の質問がそれって頭おかしいんか! 脚の骨折るぞ、このイモ侍!」
お魁はこめかみに青筋を立てつつも、
「混乱してるってのは確かだろうから、私から話すけど、さっきの三浦とあんたたち新撰組に入ってきた三浦は全くの別人。二人とも、佐久間象山が死生技術でつくりだした生きる屍なんだよ」
「そ、そんな!? どうして三浦どのを二人も?」
「象山の思想は高邁すぎて私なんぞには理解できないさ。だけど、彼の元門弟から話の一端を聞く機会があってね」
お魁は廊下の突き当たりで立ち止まり、敵の気配がないか確かめると、再び足を速めた。
「まず、三浦の分身をいくつかつくりだす。次にそれぞれを成長させる。最終的には最も優秀な個体にそれぞれの分身が習得した経験や思想を移植することによって、象山の理想とする人間をうみだす……。そういう計画よ」
「経験値を得られる容器を分散させ、効率的に稼ごうという寸法でござるか。ということは、この世にはまだほかにも三浦どのが存在しているかもしれぬのか?」
「その可能性はあるね。私はここ数ヶ月、さっき斬りかかってきた三浦を追っていてね。私は今回、さっきの三浦が新撰組に入った三浦を始末するため動くという情報をつかんで、彼を尾行したんだ。始末する理由はわからないけど、近頃、粗暴な性格に歯止めがきかなくなってきたから、余計な騒ぎを起こす前に処分したいという象山の思惑があったんじゃないかと思う」
「なんとまぁ……。拙者には理解できぬことばかりでござる」
小佐吉の率直な感想に、お魁はフッと笑みを漏らした。
「私としたことが、ちょっと喋りすぎたかな。まぁあんた馬鹿そうだし、さっさと忘れて頂戴。それに、おそらく三浦に関する計画なんか、象山のやろうとしていることの氷山の一角に過ぎないだろうから」
「いやいや、貴重な情報ですぞ、お礼を申し上げる。それに、見ず知らずの拙者を危機から救ってくれたことにも、感謝のほかに言葉はありませぬ」
「見ず知らずの人間が、目の前でバッサリ斬り殺されるのも胸糞わるいでしょ」
お魁がため息混じりに言った次の瞬間、一発の銃声が空気を切り裂き、お魁がもんどりうって床に倒れた。
「お魁どの!」
「だ、大丈夫、腕をかすっただけ。それより――」
「それより早く立たねぇと二発目うっちゃうよー。ねぇ? 一人殺すも二人殺すもさほど変わらんよってこりゃ典型的な悪役のセリフじゃあねぇですか、参ったねぇ」
久坂玄瑞が、拳銃をクルクル回しながら二人の前に立ちはだかった。左手には、身体じゅうを銃弾で穴だらけにされ、おびただしい量の血を垂れ流している首なし死体を引きずっている。
それを見て、小佐吉は背すじがぞっとした。
「その死体の召し物――もしや三浦どの!?」
「出来損ないのほうのね。優等生のほうは……、ああ、なんだ。そこにいたか」
小佐吉とお魁はハッと背後を振り返る。いつの間に追いつかれていたのだろう、もう一人の三浦が能面のような表情で二人をじっと凝視していた。
狭い廊下での挟み撃ち。これでは、圧倒的に小佐吉らの分(ぶ)が悪い。
「いやぁすまんね、しつこく追いかけちゃって。まるで寺子屋帰りのイケメン男子待ち伏せして一緒に帰ろうとする後輩女子くらいしつこいから、俺たち。そりゃもう猪突猛進型最終兵器ラブマシーンだから」
「三浦だけでなく久坂まで邸内に来てるなんて……。くそっ、完全に読み誤った」
お魁は腕を押さえながら小刀を構える。久坂はおもしろそうに言った。
「俺たちは優等生の三浦とは別の目的がもう一個あってここに来たんだがね。それにしても、魁とか言ったっけ、君? 確か以蔵の――」
「うるさい!」
お魁は怒鳴ると、小佐吉を睨んだ。
「ほら、早くあんたもその汚い木刀を構えなよ。こうなったら戦うしかないんだから。まぁ相手が相手だもの……。あっさり負けて次回が最終回って流れでも文句言わないでよ」
「なにとんでもなく物騒なことをおっしゃるのですか! 拙者は、こんなところで負けるわけにはいかぬのです」
小佐吉は木刀を構えると、深呼吸をしてつぶやいた。
「鍛錬の成果を、いざ見せん!」
(第13話終わり)