ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜

考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第25話

●ゴクツブシ米太郎でございます。物語を小奇麗に纏め上げてしまう作業はラクだが、小説の最大の魅力のひとつは、ホントくだらないことをさも意味ありげに書けることなのだー、と思う。書く機会があれば、小佐吉の胸毛が尋常じゃなく濃い話とかを書きたい。うっかり「ネクタイしてくんの忘れた!」って日は胸毛を高速で編んでネクタイを創作するらしいぜ、彼は。そういう無茶ばっかりやって職場の上司との関係やこの小説の世界観をぶち壊しにする男、それが我らの小佐吉なのですな。

 

雲が流れて月光が霞み、伊東甲子太郎の表情は闇に馴染んで見えなくなる。しかし、この男は元来、感情を表に顕さない男だ。顔が見えようが見えまいが、たいした違いはない。

 山南総長がそんなことを考えていると、伊東の口が開いて、歯の羅列の白さが暗がりの中にぼうっと浮かび上がった。

「いいじゃありませんか、新撰組が変わることは。時代は凄まじい勢いで、前へ前へと進んでいます。国のあり方や人の生き方に少しずつ綻びをもたらしながらではありますが、世の中は変わりつつある。そんな中、どうしてわれわれ新撰組も変わらずにいられましょうか」

「はてさて、新撰組はどう変わるのでしょうね」

 山南はさりげない調子で言った。

「あなたはどのように新撰組を変えたいと思ってらっしゃるのか」

 伊東は吐息混じりに笑うだけで、答えをよこさなかった。それは、自分の考えを述べるつもりはないが、新撰組を変えようという野心があることは否定しない――そんな意思表示に受け取れた。

 二人は押し黙ったまま、雲間から顔を覗かせた、白っぽい月を見上げていた。同じものを眺めていながら考えていることはまったく違うのだろうな、と思うと、山南は苦い笑いが腹の底からこみ上げてきた。どうして人と人とはかくも異なっているのだろう。理解しあえない者同士が斬って斬られて、その繰り返しが地層のように積み重なって、今の時代が出来ているのだとしたら、これからの時代はどうなるだろう。まったく新しい成分の槌が折り重なって、今までの地層はその下にうずもれていってしまうかもしれない。

 山南は、改めて考えてみた。自分は、次の時代のためになるようなことを、次の時代に遺せるような何かを、成し遂げられているのか?

「そういえば、沖田くんが昨日、面白いことを言っていましたよ」

 伊東が話題を変えた。

新撰組隊士を水に喩えてみると、土方さんは滝、私は深海、山南総長は湖だそうです」

「湖?」

「波紋ひとつさえ立たない、閑寂なる湖だそうです。沖田くんは、斎藤くんところの隊の小佐吉という隊士にも聞いてみた。『君は自分を水に喩えるなら何だ?』と。すると小佐吉くんは答えた。『犬の小便です』とね」

「彼らしい答えだ」

 どうして唐突にそんな話を始めたのか、山南は伊東の真意を掴み損ねたが、興味本位で聞いてみた。

「伊東くんは、何です。水に自分を喩えるなら」

「沖田くんの深海、という評価は身に余る光栄ですからね。良く言って手酌酒ってところでしょうか」

「ほぅ」

「こんな月の綺麗な晩にちびりちびりと呑みたくなる、人をいい気分に酔わす酒。他人にいい影響を与える人物でありたいというのが私の理想ですから」

 いかにも向上心に満ち溢れ、啓蒙主義的な伊東らしい答えであった。

「月見酒か。近頃、そんな風流からも遠ざかっていますなぁ。こないだ沖田くんを月見酒に誘ったら、むさい男と晩酌は御免だって断られましたよ」

「そりゃあこういう夜のお供は別嬪に限ります。“三千世界の 鴉を殺し ぬしと添い寝が してみたい”ってね」

 これまた急に節をつけて謳い出した伊東を、山南は物珍しげに見た。

「なんですか、それは」

「ああ、いや、最近仕入れた流行歌ですよ」

 伊東は立ち上がりながら答えた。

「そろそろ私はお暇します。お休みなさい」

 山南は、一人で考え事を続けたかったので、正門をくぐって表を歩き出した。

 五分と歩かないうちに、豆腐屋の角を曲がったところで人にぶつかり、山南は失礼、と謝った。深酒の匂いがもわっと鼻腔を塞いだ。相手はかなり泥酔しているらしく、操り人形のようにふらふら歩きながら妙な節回しの歌を口ずさんでいる、

「三千世界の 鴉を殺し ぬしと添い寝が してみたいぃぃ……」

 山南は反射的に酔っ払いの腕をつかんでいた。酔っ払いの男は、どろんと垂れた目を山南に向ける。

「なんだぁ、あんた?」

「その歌、どこで知ったのですか?」

「昨日だっけかなぁ、屋台でよぅぅぅ、たまたま隣り合わせた若けぇにいちゃんから教ぇーてもらったのよ。長州くんだりから出てきてよぅぅぅ、なんだか京で一仕事やってやらぁって息巻いてたぜ」

 月がまた翳って、歩いてきた道の輪郭がぼやけて分からない。行灯か何かを持って来ればよかった、と山南は思いながら、もと来た道をひき返した。

 (第25話おわり)