歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜第26話”一同会す”

その噂はそれ界隈の巷では有名な話となった。

そしてその噂はもちろんお魁の耳にも入ることとなっていた。

「お頭……お頭!」

「……うおっ、なんじゃ!」

「まったくお話は聞いていたのですか?」

「おお、なんの話かいの?」

お魁の部下でもリーダー格である菊水は呆れる。

「聞いてないじゃないですか。坂本や近藤が神戸で見つかったってんでこれからどうするかって話じゃないですか。会津新撰組の輩に好き放題やられてもいいんですかい?」

「そうじゃのう……」

──ったくここ最近のお頭は気が抜けることが度々じゃ。

菊水は思う。理由はわからないがかの人斬り以蔵が亡くなったという話をお魁の耳に入れてからの気がする。

岡田以蔵と過去に何かあったのだろうか。

菊水はその因果関係を推測した。

「ゆくぞ」

ついに平常心を取り戻したお魁が菊水ら部下に指示を下す。

「はっ」

部下たちはすぐに返事をした。

とにかく、

──まだまだ頭には働いてもらわねーと困るんでね。俺が頭ってのも気が重いんで。

そんな悩みを抱えながら菊水はお魁の後を追うのであった。

 

「小佐吉もさ、はじめに比べるとだいぶ剣術も上達したよね〜。まだまだぎこちないけどさ」

なんて切り株に腰を据え、焚き火に暖まりながら藤堂は言った。

夜の暗がりに灯る火が彼の食事の営みを照らしている。

「ありがたき幸せ。……にしても藤堂殿は凄すぎます。子熊といえどあんな獣を剣で倒すなど。拙者は恥ずかしながら即座に退散しました」

「まあねぇ〜慣れだと思うよ」

そう軽く言って藤堂は肉にかぶりついた。

──一体どんな人生を送れば熊を倒すことになれるのだろう?

そんなことを新撰組で思うのは自分だけなのだろうか、と小佐吉は心の中で突っ込まずにはいられなかった。

「そうそう熊で思い出したけどさ、坂本龍馬。あの人なら素手で倒すんじゃないかな?」

「……」

なんとコメントをすればいいか小佐吉にはわからなかった。

熊を素手で倒すなどそれはもはや人間ではない。

熊以上の獣だ。

小佐吉は思った。

そして何より恐ろしいのがその獣を藤堂と二人で追っているという事実であった。

「まったくとんでもない世界に足を突っ込んだものです」

「ん、何か言った?」

「いえ、こちらの話です」

新撰組に入ってからこの藤堂にしろ、久坂、御庭番、坂本。

庶民では決して接することもない人たちがさも当たり前のように会話に出たり遭遇したりする。

この半年でどれだけ成長したのだろうか。

梶尾家で竹刀を振っていた時代がすごく懐かしく感じた。

「そうそう、藤堂殿はえらく伊藤殿に気に入られておりますね」

小佐吉は前から気になっていたことの探りを唐突に入れてみることにした。

「ん、ああ、そうだね……」

藤堂はあまり話をしたくないかのように言葉を濁した。

「あまり嬉しくないのでしょうか?」

小佐吉は藤堂に尋ねた。

「そんなことはないさ。ただ複雑な心境だなって」

「複雑?」

「僕はさ、もともと伊藤先生のお弟子さんだったわけだけど試衛館に入って近藤さんや土方さん、沖田くんや山南さんと一緒に行動している期間が長くなっちゃった。今、新撰組の内部では大きな抗争こそないものの派閥が分かれていってる。そんな時、僕はどの派閥につけばいいんだろうってね」

ふと藤堂は上を見上げた。

──あの強さの中にはそのような迷いもあったのか。

小佐吉は急に藤堂が身近に感じられた。

と、急に頰に何かが当たって小佐吉は「いたっ」と声をあげた。

何かと思うと藤堂がゲラゲラ笑っている。大方、食べ終わった熊の骨を投げたのだろう。

「なーんて、どこの派閥でもない小便小僧の小佐吉にはまだ早い話だったかな」

藤堂が平常に戻り嬉しかった小佐吉は頰の痛さも気にならなかった。

「さてと……」

藤堂は切り株から腰を浮かした。

「それじゃあ、怪物退治と行きますか。休憩も済んだしここから先は神戸まで一直線だ」

「はいっ」

小佐吉は意気揚々と返事をした。

 

「おーい、龍馬。何しとるがぜよ!」

近藤長次郎は気がつけば道中で油を売っている龍馬に声をかけた。

「ここに食べられそうな植物があったがに。長崎に行くまでの道中、腹が減るけんのぉ。おやつじゃおやつ」

そんな遠足気分の龍馬に近藤は呆れた。

「まったくどういう状況かわかっちゃおらんろ。岡田の騒ぎなどもあった今、追ってがわしらに追いつくがは時間の問題っちゅうのがわからんがか」

「まぁまぁそんな肩肘はるなちや近藤。こういう危機的な状況んときこそ平常心がぜ。平常心」

あくまで呑気な龍馬に近藤はイラついてきた。

「ええか、龍馬。今、わしらは宙ぶらりんな状態。どこから狙われてもおかしくない状況がぜ? 脱藩した土佐藩、操練所解散を命じた幕府、不逞な輩を取り締まる新撰組、屍生術に興味を示すその他各藩。わしらを捕えたいもんは五万とおるがぜ」

彼らは今や籠の中の鳥。

そう表現してもあながち間違いではなかった。

「そんなこと言われてものう。人には天命ゆうもんがあるちに」

死んときは死ぬ、とそういう龍馬に近藤は言い返す気力も無くなった。

「もうええがぜ。ほいならさっさと行くが……」

「坂本だな」

ふとひどく冷たく重たい声が二人の背後から聞こえた。

「誰がぜ!?」

近藤がさやに手をかけた。龍馬も近藤にならう。

男は姿を現すも黒装束に身を纏っている。

「斬っても斬れぬが影、踏んでも逃るるが影。常人には影を捕らえられぬ」

「???」

何を言っているのだろうと近藤は思う。

「罪なき者を裁くもやむなし」

そう言って男は目にも留まらぬスピードでくいなを龍馬に向かって投げる。

「龍馬!」

キン、と、くいなを食い止めたのは近藤でもなく龍馬でもなかった。

急に現れた第三者。

月光が彼の顔を浮かび上がらせる。

「おまんは!?」

「以蔵!」

岡田以蔵の姿がそこにあった。

「以蔵! おまんやっぱり生きちょったがか!」

龍馬の喜びに岡田は「ふん」とだけ鼻息を吐いた。

「岡田……以蔵……」

謎の男もそっとその名をつぶやいた。

「お前たち何やってる!」

これまた装束に身を包んだ4人組が現れた。

見た感じ男の仲間というわけでもなさそうだが。

「坂本と近藤と見受けるが……」

頭らしき女性が言葉途中ではたと止まった。

「以蔵……?」

女の頭──お魁もまたその名を口に出した。

「お魁か」

岡田が振り向くこともせずその名を言った。

「あんた生きてたの!? どこで何をしてたの!?」

「お頭!」

今か今かと岡田に飛びかからんお魁を菊水ら部下が止める。

そのときだった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

その丸っこい物体が頭上から降ってきた。皆がその二つの物体を避ける。

「いたたたたた」 

齢20もいかない青年が起き上がる。

「だから言ったではありませんか。夜中にあんな危ないとこ通らない方が良いと」

これまた同じ年くらいの青年が起き上がる。

「だってこっちの方が近道なんだもん……ってあれ?」

青年たちはようやく周りの状況に気がついた。

「えーつと、どちら様?」

青年──藤堂はそう周りに語りかけた。

小佐吉もキョロキョロ見回す。

「お取り込み中でしたかな?」

「いたたたた」

そこで二人を避けられなかった一人の男がようやく起き上がった。

「何が起こったぜ……」

「坂本さん!?」

藤堂がその名をつい口にした。

五尺六寸土佐訛りの男。

坂本龍馬と小佐吉の初めての出会いであった。