歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』第28話

●ゴクツブシ米太郎です。約半年もの間、更新を途切れさせてしまい失礼しました。以下、普通に前回の続きです!

 

 坂本龍馬の得体の知れない雰囲気がその場をかき乱していたのも事実だが、岡田以蔵の身体から発散されるぴりぴりとした殺気も、薄ら寒い夜の空気を瞬時に張りつめさせた。

 藤堂と小佐吉は抜刀して、刀の切っ先の狙いを岡田に定めた。

数ヶ月前、最後に対峙したときより岡田の身体からは肉が削げて、痩せこけて見える。

そのせいか、敵の動きを視認するためギョロギョロ動く眼球が、異様に大きく光って不気味だった。

「岡田……。坂本らを逃がすため、自らは死地に入るか」

 お庭番衆の菊水が間合いを詰めながら口火を切った。

 岡田は干からびた、青黒い唇をゆがめて笑った。

「死ぬか生きるかなんて低次元の話をしているようでは、この俺の相手は務まらんよ」

「その口振り……。以蔵、あんたまさか屍生術に身を売ったのかい?」

 菊水の隣でお魁が声を上げる。岡田は首肯した。

「時代に取り残されつつある、御庭番ごときのあんたには分からないだろうさ。死は次の生のための布石となる。屍生術は、これまで人びとが考えてきた生死の概念さえも変えてしまったんだねぇ」

「フン、まるで誰かの請売りのような文句を並べ立てやがって」

吐き捨てるように言う菊水。岡田はお構いなしに、いささか陶酔気味に、話をつづけた。

「長きにわたった徳川幕府の世も終わりに近づき、新しい時代がはじまろうとしてる。人も、時代の進歩に後れを取ってはいけない。そう、いけないんだ。人間も新しく生まれ変わらなきゃだめなのさ。死という悪魔を味方につけてね」

「以蔵」

 お魁が一歩前に進み出た。

「もう、名前では呼んでくれないんだね」

「へ?」

 お魁の放った場違いな一言を、小佐吉たちが一斉に聞き返したその時。四方から草を踏み分けにじり寄る無数の足音、そして、闇夜にゆれる赤い提灯が一同を取り囲んだ。

岡田は落ち着いた調子でつぶやいた。

奉行所の連中か。こんな夜更けにまでご苦労なこった。夜はならず者のための舞台だ、大人しくしてもらいたいもんだねぇ」

 提灯が一個、ずいっと前に進み出てきて、どら声で凄んだ。

「貴様らぁ、岡田以蔵とその一味であるな!? 貴様らが神戸で犯した数々の狼藉、償ってもらおう」

「げっ、何か勘違いされてる!?」

 小佐吉は慌てて藤堂を振り返ったが、藤堂の表情は、自分の身を案ずるのとはまた違う、緊張感をはらんでいた。その視線は、岡田の一挙一動に向けられている。

「……まずいな」

 藤堂がつぶやいた直後、進み出た奉行所の男がもう一発、声を張り上げた。

「者ども、気勢を上げてこの連中をひっとらえろ!」

「やめろ!」

 藤堂の叫びは、岡田に向かって突進する男たちの掛け声にかき消された。手柄を欲して我先にと駆けてくる男たちを、岡田は涼しい顔で斬り伏せていく。

「そら」

 岡田は地面に倒れた一人の顔をつかんだ。すると、たちまち男の顔はひび割れ、土くれのように砕け散った。

「悪いね。俺の『死』は感染するもんで」

 異形の力を目の当たりにし、逃げ惑う男たち。その手足や首根っこを、見境なくひっつかんではケタケタ笑う岡田を、小佐吉たちは呆然と見つめるほかなかった。

(第28話おわり)