歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』第7話

●担当はゴクツブシ米太郎です。新撰組のメンツのうち、土方や沖田がなかなか出ずに山南や斉藤といった外堀から埋めてく感じ、僕はけっこう好きです。

 

 

佐久間象山殿、ですか……」

 小佐吉は深呼吸をして、震える舌を落ち着かせると、何とか言葉をひねり出した。

「確か昨年、異人の艦隊が来航した折に門弟の一人が密航を企てた咎で、幕府より蟄居を命ぜられたと聞き及んでおりましたが……」

「その命が解かれたのだ。象山に学問の教えを乞いたいという、慶喜公のご意向でな」

 山南総長は、ぎちぎちに畏まっている小佐吉と隆晴を眺めながら、足をくずして話し出した。

「あと数ヶ月経てば、象山は京へやって来る。啓之助とかいう倅を連れてね。象山はどうやら倅をこの新撰組に入れたいらしい。うちとしては、啓之助をツテにして象山に近づく好機というわけだ」

「総長、左様な内秘をこやつらなんぞに聞かせては……」

 苦い口調でたしなめる斎藤に、山南総長は涼しい顔を向けた。

「かまわんさ。この子らの首が刎ねられるのも時間の問題だからね。土方くんが見廻りから戻ってこの子らの存在を知ったら、発する言葉はひとつ、『斬れ』しかないだろうから」

 ぐえっ、と鴨が首を絞められたような声が小佐吉の隣でした。見ると、隆晴が真っ青な顔で口もとを押さえて震えている。それを見た小佐吉は頭で畳をかち割らんばかりの勢いで平伏すると、大音声を発した。

「恐れながら! 申し上げたき由がございまする!」

「悪いが、君ばかりと話している時間はない。目を通さないといけない書類が山ほどあるし、岡田以蔵についての調査も進めないとね」

 さらりと受け流して立ち上がった山南の足もとに小佐吉はにじり寄り、再び頭を畳に擦りつけた。

「夜遊びの咎で斬り捨てる位ならば、この小佐吉を新撰組のためにお使い下さいませ! 屯所に幽閉され、さながら奴隷畜生のごとく扱われたとて、この身、新撰組に忠を尽くせるならば過分の幸せにございます!」

「幸せ? 君はこの新撰組に生きる幸せを見出そうとしているのか? 見くびってもらっては困るな。我々の仕事は時に、畜生も恐れる地獄を味わうことと心得たまえ。幸せの花など咲かぬ、暗い地獄の果てだよ」

 そう切り返して歩き去ろうとした山南の足を、小佐吉は激するあまりにむんずとつかもうとした。が、慌てて思いとどまり、宙に浮いた手でがむしゃらに畳をバン、と叩いた。

「地獄なれど大地はあるかと存知まする! さらばこの小佐吉、幸せの種を蒔いて小便でも引っ掛けて、綺麗な花を咲かせてご覧にいれましょう!」

 この無我夢中の抗弁には、さすがの山南総長も斎藤も、失笑を禁じえなかった。

「そうかね。ぜひとも、君の小汚い小便で育った花を見てみたいものだな。仕方ない、君らの助命嘆願を私から土方くんに申し出てみるとしよう」

 山南はそう言うと、這いつくばった小佐吉の傍らで、小さくなっている隆晴に視線を移した。

「そこの坊ちゃんはどうするかな?」

「ぼ、僕は――」

 しどろもどろする隆晴に代わって、小佐吉が先ほどとはうって変わって、明朗な口振りで、静かに答えた。

「この御仁は拙者が出来心で連れ出して来たに過ぎませぬ。富裕の町人の家に生まれながら学も才もない愚鈍な童なれば、今宵起こったことをこれっぽっちも理解できていないはずでございます。そもそも、この御仁の矮小なる脳みそは一晩寝れば昨日までのことなど一切忘れてしまっているゆえ、このまま帰らせたとて、何の問題もありますまい」

「何を言ってるんだ、小佐吉!?」

 散々な言い草に逆上しかけた隆晴を、山南はまぁまぁと宥めて、

「小佐吉、君がこの坊ちゃんを守らんとする気持ちはよく分かった。しかし、一応、土方くんたちの耳に入れておかねばな。坊ちゃんの処遇はそれからだ」

 一方、斉藤は小佐吉の一連の行動を傍目に見ながら、不思議な気分に捉われていた。

 ――この小佐吉とかいう得体の知れない男、見覚えがあると思ったが、数ヶ月前、入隊試験で落第にしたやつではないか。あのとき見た限りでは、剣術はからっきしだったが、今の様子から察するに、それとは別の才を持っているのかもしれん。何と言ったらいいのだろうな、「人を動かす才」とでも言おうか。もしかすると、山南総長もそれを試して……?

 

 数時間後、屯所に帰って来た近藤、土方両名に小佐吉たちの助命嘆願が聞き入れられた。小佐吉の必死な熱意が伝わった、というわけではなく、近藤と土方は、同刻にたまたま発生した攘夷浪士たちの殺傷事件の対応に追われて、それどころではなかったのである。

とにかく、釈然としない形ではあったが、小佐吉は晴れて新撰組の仲間入りを果たした。

職階は一般隊士以下の雑用係。斉藤一が隊長を務める三番隊預かりの身となった。

「僕も雑用係でいいから、小佐吉と一緒に新撰組に入りたかったのに……」

 夜も明けようかという頃、屯所の門の前で見送られながら、隆晴が口惜しそうにつぶやいた。小佐吉は頭を振って反駁する。

「なりませぬ、なりませぬ。若様のように立派なご身分の方が、雑用係としてこき使われている等という噂が広まれば、梶尾家の名に傷がつきまする」

「そんなの僕が気にしないこと、知ってるくせに。小佐吉はずるい……」

「左様ですな。拙者はずるい。うまいこと裏口入隊してしまったわけですから。せめて若様だけでもいつか、堂々と試験に及第して入隊を果たして下さいませ。それが、若様の道でございますれば……」

「道、かぁ」

 隆晴の脳裏に、頑固な父親の顔がスッと浮かんだ。隆晴はそれを頭の隅に追いやると、努めて朗らかに言った。

「小佐吉の道も大変だと思うけど、マジ頑張って」

「ありがとうございます」

 小佐吉は頭を深々と下げた。小佐吉に背を向けた隆晴の目に、東の空から顔を出した朝日がしみた。隆晴は忌々しそうに目を細めると、自宅に向かって足早に歩き出した。

 

(第7話おわり)