歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第16話

●ゴクツブシ米太郎です。小説における「火のカタルシス」は芥川の『地獄変』とかモームの『月と六ペンス』とか色々あるけれど、いざ自分で書いて見るとやっぱり耽美的な雰囲気を目指してしまいます。そう書かせる火の魔力と言うか魅力と言うか、それに無理やり抗ってみると一風変わった描写が生まれるのかもしれない。

 

 白煙と轟音が鎮まると、小佐吉はおそるおそる目を開けた。とてつもない爆風で後方に吹き飛ばされはしたが、身体は無事のようだ。

「ノグチっち!」

 藤堂の叫び声につられて、小佐吉はハッと身体を起こした。まるで崩れかかった城のように、ノグチが片膝をついて頭(こうべ)を垂れている。見るに耐えない無残な姿だった。衣服は剥ぎ飛び、焼け爛れてべろりとめくれ上がった皮膚が宙をそよいでいた。

 その様子を見れば、ノグチが何をしたのかを推し量るのは容易かった。

「死人にしかできない戦い方があるんなら、死人にしかできない守り方ってのもあるでしょうよ」

 ノグチはびくとも動かず、ひどくかすれた声で言った。屍である彼に痛みを感じるすべはないはずだが、あれほどの爆発を一身に受けては、身体が思うように機能しないのかもしれない。

「ノグチ……。すまなかった……」

 斉藤は無念そうに声を漏らした。続けて何かを言いたげに口を開いたが、爆発の火が回って倒れてきた柱をよけるのがやっとだった。

「皆さん、俺のことはもういいんです。今は逃げて、任務を全うしてください」

 言い終わるや否や、二本目の柱が傾いて、ノグチの腰を打った。ノグチはバランスを崩して床に転がった。火は執拗に畳や襖を焼き尽くし、柱を伝って天井を朽ちさせていく。燃え盛る木の繊維が千切れるぺきぺきと乾いた音を立てるのを、ノグチが黙って聞いていると、ふと、自爆した兵士の首が畳の上に転がっているのが視界の隅に映った。鼻は削げ、額にヒビが入った男の生首だ。齢は三十前後といったところだろうか。

 その男の光のない目は、室内をなめつくす炎の尾をせわしなく追っていたが、急に吸い寄せられるようにノグチの目を捉え、じっと凝視した。ノグチはいささか気詰まりな思いになり、照れ隠しに口の端を歪めて微笑んだ。

 不思議な気持ちだった。己の身体を再起不能にした名も知れぬ男の生首に対して、まるで何度も共に死線をくぐりぬけてきた戦友のような親近感がノグチの心に宿った。

 ノグチは尋ねた。

「お前、名は?」

「田嶋惣兵衛」

「家族はいたのか」

「嫁と年老いたお袋がいた」

「子供は?」

「生まれてすぐ死んだ。お前は?」

「俺はずっと独り身だったから、一度、別嬪と所帯を持ってみたかった」

 ノグチがそう言うと、惣兵衛の生首の表情がやわらいだ。

「若い頃は女のことばかり考えていたなぁ。阿呆のようにそればっかりだった」

「俺には新撰組があった……。一度死んでこの身体になってでも、新撰組のため忠義を捧げたいと思ってきた。しかし、今はそうだな、好きな女がそばにいてくれたらいい、そう思うだけだな」

 ノグチははにかんで言葉を切った。

「なんともかっこ悪い自分語りをしてしまった」

「構わないさ」

 そう返した惣兵衛の生首には火が燃え移り、顔の皮膚や肉を黒々と焦がしはじめていた。相変わらず光の差さない暗い目で、田嶋はノグチを見つめた。

「なぁ、あんた……。来世では味方同士で遭えたら……」

 言葉の最後は火に口を覆われて、聞き取れなかった。ノグチは、惣兵衛の生首が消し炭のように黒々とした塊になるまで見守っていたが、思わず言葉がひとりでに口をついて出た。

「悪いが、俺はもう、生まれ変わるのは御免だ」

 やがてノグチの身体も炎にくるまれて、ゆっくりと人の形でなくなっていった。

 

 火達磨になった鷹司邸を後にした久坂のもとに、一人の伝令が駆け寄り、跪(ひざまず)いた。

「報告申し上げます! 薩摩藩の援軍に側面を突かれ、お味方劣勢! 深手を負った来島又兵衛様が自決され、来島隊はすでに総崩れのご様子」

「又兵衛が……。急の挙兵だものな、やはり陣立てが甘かったか。いたずらに兵を失うのは避けるべきだ。各隊に伝えろ。これより長州軍は大阪に撤退する。そこから水路を使って長州へ帰還するとな」

 承知、と短く叫んで伝令が消えた直後、一本のクナイが久坂の後頭部めがけて放たれた。

 久坂は振り向きざまに拳銃をぶっ放し、クナイを弾き飛ばす。

「後を尾(つ)けてくるとは陰湿なお嬢さんだねぇ。まるで寺子屋の――」

寺子屋寺子屋うるさいのよ、あんたどんだけ寺子屋時代たのしかったわけ?」

 どこからともなくお魁が姿を現し、二本目のクナイを久坂に狙いを定めた。

「でも、三浦たちをあっさり見殺しにして自分だけ逃げるだなんて、寺子屋で学んだ武士道も形無しね」

「女風情に勘違いされるのは虫が好かんね。誰も彼もが手を繋いで並んで歩けるほど、俺の武士道は道幅広くないんでねぇ。道路工事にカネをかけるんなら、横より縦だ。どんなに細い道でもいい、ひたすら道を延ばし続けて己の目的地に到達するのが武士の本懐ってもんでしょうよ。真の同志は俺の後ろからついてくるさ」

 久坂は拳銃の撃鉄を起こし、お魁に向かってまっすぐ構えた。

「それに、三浦はここで殺しておくのが正解なのさ。これ以上、君にやつの周りを嗅ぎ回られて、我々の計画に支障が出ちゃかなわんからね」

「やっぱり気付いていたのね、私の存在に。でも、殺したら元も子もないんじゃないの? あんたたちは、他の個体に引き継がせる情報を丸々失うことになる……」

「複製という技術だ」

 久坂は余裕のある笑みを見せた。

「優等生の三浦が得た経験情報はすでに別の個体にバックアップを取ってある。今回のように、やむを得ず三浦を殺す羽目になった場合に備えてな。これで俺たちは優等生の三浦と、新撰組に入った失敗作の三浦、両方の経験情報を入手したわけだ。君がどうあがこうと時間の無駄なわけだよ」

「じゃあ、せめてあんたの武士道、ここで終わらせるってのはどう?」

 お魁の目が鋭く光った。

「あんたの細くて狭い残念な武士道、ぶった切ってやるから覚悟して」

 

(第16話おわり)