歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第20話

※どうもいがもっちです。

今回はみなさんお待ちかねのあの人が登場!? 

 

 神戸の夜港を背丈の大きい男が闊歩している。

「冬の神戸は港としては凍結せんぶん優秀なんかもしれんが、南国出のワシにゃあ、やっぱり寒いがぜよ。今夜は鍋じゃのう。あれ? 昨日も鍋じゃったかいのう?」

 大股で歩く大柄な男は冬というのにぼろ雑巾のような薄手の木綿服の上に簡素な黒の羽織を背負っているだけだった。

「あー、寒い寒い」とひと気の少なくなった港で独り言をぼやいている。

 神戸港は年中港として機能しているが、その門戸は国内だけに開かれており外国船の行き来は禁止されていた。

「まぁ、こん街を屍人でいっぱいにしとうないゆう天子様の気持ちもわかる気がすんのう」

 ふと右手に拡がる丘陵状の街を眺めながら男は白い息を吐いた。木樽や俵米が虫食いな状態にある無味乾燥な港とは対照的で神戸の街からは気品さがにじみ出ていた。

「それになんと言っても美人が多いき!」

 きっひっひと笑い普段はたれている目が三日月状に盛り上がる。

「おうおうおうおうおう、兄さん、どこの者(もん)や? えらい大きな図体しとるやんけ。道が狭うてしゃーないわ」

 と、その笑い方が気に障ったのか酔っ払いの集団に絡まれてしまった。酒でも引っ掛けたのだろう。

 先頭の男は串揚げの串を口に咥えている。

 気品溢れる街といえど夜にはこういう輩が一定数いるものか。

「すんません。今どきますき、勘弁願わんやろか?」

 その高い背格好に似合わず腰を低くして大男は退こうとした。

「なんやお前、土佐のもんか。あんな太平洋に面した端っこのところからなんしに来たんな? カツオに飽きて内海の美味しい魚でも頬張り来たんかいな」

「えらい仰々しい刀なんか持ち運んで、武士かいの」

 次々と浴びせられる質問に大男は「いやー」とどう対処していいか考えあぐねていたら、

「おっ、べっぴんさんがおるで……おーい!」

 絡まれないようにか道の端を歩いていた女性に男たちの興味が削がれた。

 「なんやつれんのー無視はないやろが」

「家に帰る前に俺たちと仲良くしようや」

 などと彼女を冷やかした。

「やめいちや」

 大男はついつい腰を低くすることを忘れて語尾強く注意した。

 しかし、それが酔っ払いたちの反感を買ったらしく、大男はしまったと思い、

「いや、ほら彼女も嫌がってますき」

 と言い訳するように付け加えた。

「なんや女に味方すんかいの?」

「おい、ええ格好すなや」

「兄さんはもうちょい話のわかるやつじゃ思うとったんやけどな」

 酔っ払いたちの怒りは収まらなかった。

 いよいよ抗争になりそうなので大男も止むを得ず刀に手が伸びそうな瞬間だった。

「やめときな。あんたら誰を相手にしてんのかわかってんのか?」

 と、着流しの一人の男が現れた。

 岡田以蔵だ。

「なんや文句あるんか……」

 酔っ払いの一人がその男に喧嘩をふっかけようとしたが、以蔵があまりに死を連想させるかのような殺気を放っていたので語尾が「いにゃ」となってしまった。

「おい、いくぞ」

 さっきまでの威勢が雲散霧消したかのように以蔵の眼力だけで酔っ払いたちは小鼠のように去っていった。

 大男は一息ついて以蔵に向かって「よっ」とした。

「わざわざこんなとこきて何しようるがじゃ以蔵。ええ、懐かしいのう!」

 はっはっーと大男は以蔵に駆け寄る。

「ほんまによう助けてくれた」

「俺が助けたのは存外あいつらの方かもしんないぜ? あんたが手を出してたらただじゃすまなかったろ? なぁ、坂本さん」

 

 坂本龍馬

 この五尺六寸、土佐訛りの大男。

 新撰組などが行方を追っている操練生徒の一人であった。

「人聞き悪いのう。わしゃ、何人か峰打ちしたらさっさと逃げるつもりじゃったがえ。そんよりも、ええ、以蔵、鍋じゃ! 鍋でも食おうぞ! それよりおまんは団子より花、女子がええんかえ?」

 必要以上に坂本は以蔵の肩をバンバンやった。坂本と以蔵は同じ土佐藩の出身で小さい頃からの顔馴染みであった。

 坂本の脱藩などもあって一時その袂を分かちていたが、そう容易く切れる縁でもなかったためこうして何度か再会している。

「あいにく俺は別件で来てますんでね」

 以蔵は坂本の手をすっと横に避けた。

「なんじゃ? まだ人斬りなんかつまらんことしとんかい?」

「よくいうぜ。あんたたちは命を弄ぶような研究に加担しているくせに。この刀であんたの心臓(ここ)を一突きしてもどうせ死にゃーしねーんだろ?」

 岡田は抜刀して坂本の心臓にその切っ先を突きつけた。

 その行為に動じることなく坂本はあっけらかんとして、

「以蔵、おまんは少し勘違いしとらんか? 勝先生がしようとしちょることはそんなつまらんことじゃないがぜよ」

「へぇ」

「あっ、信じてないがじゃろ。ええか、確かに勝先生は佐久間先生の弟子で死生術に関しての造詣も深い。そんで操練所でも確かに死生術の研究を行なっちょる。勝先生も佐久間先生も新しい時代の到来のために革命、レボリューションいうがを起こそうとしよる」

 坂本は以蔵から少し間をおき海を見つめながら続ける。

「けんど佐久間先生が好かんのは、先生は下々の民に血を流させ新時代を築こうとしちょるところじゃ。外国に対抗するが目的ながに国内で争そうとる場合じゃなかろうが」

 一瞬、坂本の顔にほんのかすかだが怒りが浮かんだのを以蔵は見逃さなかった。

 坂本の話は佐久間派の以蔵にとっては聞き捨てならない内容であったがその怒りの表情にたじろいでしまう。

「その点、勝先生は無血で新しい世を創ろうとしちょる。勝先生はそれができると信じとるがぜよ」

 気がつけば坂本はいつもののんべりとした笑顔に戻っていた。

「わしももちろんば時代は変わるべきじゃき思うちょるけんど、勝先生と一緒でそんために民が血を流さんでええがじゃ思うちょる」

「たいそう立派なことで。けど、その勝先生も今や部下の尻拭いのために江戸に強制帰還させられてんだろ?」

 以蔵はその笑顔を乱してしまいたいと言わんばかりに買い言葉を口にする。

「そういがぜよ。このままじゃと操練所も廃止になるじゃろうのう。ほんま亀弥太らはつまらんことをしてくれよったきに。命を無駄にするがはほんま大馬鹿もんぜよ」

 坂本の顔に今度は哀愁の念が感じられた。池田屋事件禁門の変に操練生徒が関わっていたことが発覚し幕府の怒りを買って勝は江戸へ帰還を命じられた。

 それにしても。

 本当に喜怒哀楽が激しくそれが表に出せる人だ。

 以蔵は素直に感心した。

「そんで今は薩摩らしからぬなよなよ家老さんのお世話になってるってか?」

「あっ、おまんは小松帯刀さんをバカにしちょるがじゃろ? あのお方はすごいんぜよ? オランダに留学した後、水雷の実験を成功させ、島津久光さんの側役に抜擢されたがじゃき。ほんま凄いお方じゃ」

 今度は藹々とした様子の坂本。

「そうそう、あとおまん。さっきいかにもわしが半屍人じゃないか疑(うたご)うちょったみたいやけんども、わしは歴とした普通の人間がじゃき。心臓(ここ)をやられたら一瞬であの世行きじゃき。刺さんといてくれの」

 そうだったのか。

 少し驚く以蔵。

 今や各組織の上は半屍人が多いとも聞くのでてっきり坂本もそうなっているのではないかと思っていた。

 しかし、この人は昔のままだった。

 曲がったことが嫌いな。

「長州の久坂などとは違(ちご)うての。禁門の変で久坂は死んどるされちょうらしいが十中八九生きとるじゃろうのう」

 以蔵は久坂の生死に関してはとある情報網で既知であったため坂本の予測が当たっていることがわかっていた。

「そうがじゃ、おまんも人殺しなんかやめてわしらとともに行動せんかえ? いま、新しいことを考えちょっての。カンパニーゆうもんを創ろうとしちょって……」

 坂本の話が終わらぬうちに以蔵は背を向け歩き出していた。

「ああ、どこ行くがじゃ!」

「あんたといたら毒気が抜かれちまわ。俺はもう少しやらんといけんことがあるき」

 ついつい以蔵も坂本に飲み込まれ土佐訛りが出てしまった。感情の波が激しい坂本といるといつのまにか彼のペースに引きずり込まれてしまう。

 ここら辺が潮時だろう。

「待っとるがぜよ! 前に用心棒として勝先生を護ってくれたみたいにおまんの剣は人を護るために使うべきがぜよ!」

 ……『人を護るため』……か。

 坂本は以蔵が遠く見えなくなるまで笑いながら手を振っていた。

 

※真冬の神戸港で二人は再度袂を分かつ……。