歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第22話

●今回はあまりうまく書けませんでした。頭に浮かんだストーリーの流れを、ただなぞってそのまま文章にしたような感じ。でも今回はこれで良いのかも。ヘタに脱線したり力んだりする場面でもないと思うので。

 

 気味が悪い、と怒鳴って福岡は岡田以蔵と思われる亡骸を蹴り飛ばした。床に倒れてもなお、亡骸の下顎はがたがたと動き続けている。福岡が抜刀して切りつけようとすると、戸に隠れていた藤堂が前に進み出て、およしなさい、と止めに入った。

「ちょっと調べさせてもらえませんかねぇ。俺が見たところだと、こいつはたぶん……」

 藤堂は岡田の薄汚れた着物をするすると剥ぎ取ると、痩せこけた左胸に目を留めた。

「小佐吉くん、これを見たまえ。拳銃でずどんと撃たれた跡がある」

「本当だ。よく生きていられましたなぁ。普通、ここを撃たれりゃ心臓をやられてお陀仏でございましょうに」

 妙な感心をする小佐吉を、藤堂は小突いた。

「鈍いなぁ。こいつはいっぺん死んで蘇生された屍人に違いないよ。誰かが岡田を屍人に仕立て上げ、首に爆薬を埋め込んでこのお屋敷に送り込んだんじゃないかい」

「この屋敷に?」

 福岡はピンと来たように言った。

「まさか、この私を暗殺するためにか!?」

「その可能性は高いでしょうなぁ。あんたはここ最近、薩摩藩新撰組と協同する施策を打ち出してらっしゃったようですから、それをよろしく思わん輩がやったのかもしれません。小佐吉はすんでのところで回避しましたが、さっきの爆発、接近した人間ひとり殺すには十分の威力でしたからねぇ」

「どうせならば、この屋敷ごと吹っ飛ばすような爆薬を埋め込んで送ればいいものを、随分とけちな爆弾魔ですな」

 物騒な発想を口にする小佐吉に、藤堂はため息をついた。

「量が多けりゃ重くなるでしょ。屍人だって怪力無双じゃないんだぜ、爆弾の重みでふらついてたら怪しさ満点だろ」

「問題はその爆弾魔が誰であるか、ですが」

 福岡はせかせかと話を進める。

「爆発する前の岡田の戯言……『勝ハ、ヤラナカッタ、……約ソク。其レでセンセィに怒ラレテ』。確か、その直前に武市先生、と抜かしておりましたな」

「ふむ……。命令通りに勝を――私の知る限りでは勝麟太郎どののことでしょうか――暗殺できなかった岡田に業を煮やした武市は岡田を殺害し、その死体を利用して福岡さん、あんたもついでに殺す算段を整えたってところでしょうかね」

「恐らくそうでしょうな。岡田の屍人としての完成度を見るにつけ、佐久間象山のような手練れの作品とは考えにくいですからな。いかにも武市が見よう見真似で作った出来損ないといった様子だった」

 福岡が合点が行ったように頷く。小佐吉も三浦やノグチを思い返してみた。確かに、まるで壊れかけたカラクリのようだった岡田の屍人としての完成度は、彼らに数段劣る。

 人斬り以蔵。彼の半生など知るよしもないが、なんとも憐れな末路であることか。

 だが、感傷に浸っている場合ではない。

『勝はやらなかった。……約束。』

 岡田が遺した言葉の本意はいったい何だろう? 約束を……交わした? いったい誰と?

「ん?」

 小佐吉はふと、戸の外側に人の気配を感じたような気がして振り返った。ところが、立て付けの悪い戸が、少し強い風に煽られて微かに揺れているだけだった。

「気のせい……でござろうか……?」

 

 小佐吉が感づきかけてから十秒と経たないうちに、土佐藩邸を人知れず飛び出した黒い影が一つ。

岡田以蔵……数日前、奴の目撃情報が一件、確か神戸の港であったはず……。行ってみるか」

 影は屋根を跳ね、あっという間に屋敷から遠ざかっていく。

 その影を秘かにつけ狙う、若い御庭番衆が三人。

 その中でもリーダー格の男が、残りの二人に早口で指示を飛ばす。

「俺と羅兵衛はあの会津藩の忍びを追う。奴の行き先は恐らく神戸だ。平助、お前は以上の旨をお魁の頭(かしら)に伝えろ」

「御意」

 言うや否や散らばって走り出す御庭番衆。

屋根づたいに走る影――会津藩家老、秋月悌次郎子飼いの忍びは、遥か後方からひたひたと押し寄せる、二人の御庭番衆の気配を敏感に感じ取っていた。

「……来るか。斬っても斬れぬが影、踏んでも逃るるが影。常人には影を捕らえられぬ。それが定めよ」

 

「影武者じゃと?」

 土佐藩士、坂本龍馬は鸚鵡返しに問いかけた。坂本が神戸で見つけた酒の美味い料亭で、ある人物と向かい合っての席のことである。

「おまん、何を言い出すかと思ぅたら、何でそんなものをわしに勧めるがじゃ」

岡田以蔵のせいじゃ。あの男、ここ最近ちぃと派手に動きすぎたぜよ」

 坂本と対面する男は、岡田の名を口にするとき、露骨な苛立ちを口調にふくめて答えた。

「奴が人を殺し回った神戸や京都で、何度も目撃されとるゆぅ話じゃ。龍馬、おまんも岡田に会(お)うた言うとったき、おまんがここいらに潜伏しとるっちゅうことが突き止められるんも、時間の問題ぜよ」

「……幕府のモンの目ェをだまくらかすために、わしの身代わりを一人こしらえようっちゅう話か」

 坂本は手ずから酒を注ぎながら、低い声で言った。

「その身代わりの命を危険に晒してまで、わしは逃げ隠れしたいとは思わんぜよ」

「そこで役に立つんが屍人じゃき」

 坂本と向かい合う人物は、坂本の答えを予想していたと見え、間髪いれずに切り出した。

「おまんの遺伝子っちゅうもんを使うておまんそっくりの屍人を作り出すがじゃ。佐久間先生ならそれが出来る。龍馬、おまんの身のためじゃ。一度、佐久間先生と会うてみぃ。段取りはわしがつけちゃるきに」

 坂本は酒の入った升をドン、と膳の上に置いた。不愉快そうに眉間に皺を寄せて、坂本は切りだした。

「わしは、あん人の思想が好かん言うたはずじゃ。それを承知で勧めるゆうんなら、もうちぃとおまんの考えが詳しく聞きたいのぅ。……それよりわしが気になるんは、長次郎」

 深い疑惑をはらんだ坂本の眼差しが、向かい合う近藤長次郎の丸い目をしっかりと見据えた。

「おまん、わしに何か隠して企んどることがありゃせんかえ?」

 

(第22話おわり)