歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

第29話 『土方の裏切り』

☆いがもっちです。

屍生術が絡む歴史ものである以上、

史実からストーリーは離れるのでしょう。

 

火鉢の前で近藤勇は考える。

ーーこの先、新撰組はどこへ向かうべきなのだろうか?

火がばちりとばちり音を立てくべた薪を崩していく。

近藤はそんな小さな事象をじっと見つめる。

ーー藤堂君や小佐吉くんは神戸くんだりから戻ってこないし、無事なのだろうか? 

ぼぼぼと炎が燃えている。

ーー屯所内での隊士たちも神経質気味だ。ピリリとして緊張感があるのは悪くないこと

だが、いかんせん雰囲気が悪い気がする。

近藤は側の皿を手取り、そこにある餅を食べる。

ーーこの餅のように粘り強く待つしかないのだろうか……。

「近藤さん」

近藤の思考を遮ったのは渋い孔雀のような声であった。

「土方くん……」

二枚目顔の男が近藤の前に座る。

「どうしたんだ? やけに神妙な顔してるじゃないか」

浮いた笑顔で土方が語りかけてくる。

小さい時から同郷の旧友。

そして今や組長である自分の側に仕える重鎮。

切っても切りようのない縁で繋がれたこの男には隠しだてしようにもついつい話してしまう。

「……そうか、確かに今、隊士たちは地に足がついていない気がする」

土方はあぐらを崩し、片膝立ちをする。

近藤の前でこんなことができるのは隊長の中でも土方くらいであろう。

池田屋、禁門の後、大きな事件は起きていない。そんな中、伊藤がうちに加わった。静けさの中にも少しずつ微動しているもんがある。でっかい嵐や地鳴りが轟くのももう間近な気が嫌でもする」

どうやらこの鼻高な男も近藤と同じく得体の知れない時代の蠢きを感じとっていた。

「近藤さんそういう時こそ山だよ」

「……山?」

「そう、風林火山。”甲斐の虎”武田信玄の側に掲げられた鼓舞語だ。動かざること山の如し」

「なるほど。今は山のように泰然として堂々と構えていろということか」

「そう。特に大将がビクついてたんなら下の者にもそれは伝わりそれこそ隊は浮ついた屍になっちまう。もっとも、屍人はすでに何人かいるんだけどな」

そう鼻で笑う土方。

生真面目な近藤はこのような黒い冗談を言う土方はあまり好きではなかったが、今ではそれを含めて土方なんだと受け入れている。

「とは言っても……」

そう言って土方は腰を浮かせる。

「屍生術を裏で操る奴らに、それを輸入し日本を支配しようとする異国の奴ら。長州の久坂に土佐の坂本。さらには幕府のもんだってそんな状況を黙っちゃいねぇ。解決しているようで解決していない問題がいかに多いか」

虚空を見つめ何かを思う土方の顔が近藤には印象的だった。

「そういう奴らを全部相手にしなきゃいけねぇんだ。先は長いぜ。かっちゃん」
土方は手をひらひらさせながら襖を開け外に出ていく。

「……相変わらずだな、歳」

炎は柔らかくその火を保っていた。

近藤の部屋から出て屯所内の廊下を歩く土方。

すると角から一人の男が姿を現し、こちらへ向かってきた。

「どうでしたか? 局長の様子は」

男はすれ違いざまに歩を止め土方に話しかける。

「何か思いつめている様子だが、問題ねぇ。俺たちは俺たちの仕事を進めるだけだ」
土方も歩を止め前を見つめたまま男に話しかける。

「左様ですか」

「ああ、そのためにはまず組織内の秩序だ。隊士たちの結束を固めるほかない。そのための犠牲ならいくばくかは構わない」

「いくばくか……ですか。例えば、それは隊長クラスの犠牲だとしても?」
男は不敵な笑みを浮かべる。

「全隊士だ。俺や局長含めたな。もっともそれができるのであればの話だが」
土方は後ろを振り向き男に言い放つ。

「あなたはまるで存在そのものが鋭い刃だ。全く恐ろしいお方ですよ。そうですね。とりあえずもう一人の策士の方ですかね」

男の言葉に土方は全く表情を変えず前を向き直し、再び歩め始める。

足を地から離す前に土方は言葉を残した。

「ああ、それで構わねぇよ、伊藤」

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』第28話

●ゴクツブシ米太郎です。約半年もの間、更新を途切れさせてしまい失礼しました。以下、普通に前回の続きです!

 

 坂本龍馬の得体の知れない雰囲気がその場をかき乱していたのも事実だが、岡田以蔵の身体から発散されるぴりぴりとした殺気も、薄ら寒い夜の空気を瞬時に張りつめさせた。

 藤堂と小佐吉は抜刀して、刀の切っ先の狙いを岡田に定めた。

数ヶ月前、最後に対峙したときより岡田の身体からは肉が削げて、痩せこけて見える。

そのせいか、敵の動きを視認するためギョロギョロ動く眼球が、異様に大きく光って不気味だった。

「岡田……。坂本らを逃がすため、自らは死地に入るか」

 お庭番衆の菊水が間合いを詰めながら口火を切った。

 岡田は干からびた、青黒い唇をゆがめて笑った。

「死ぬか生きるかなんて低次元の話をしているようでは、この俺の相手は務まらんよ」

「その口振り……。以蔵、あんたまさか屍生術に身を売ったのかい?」

 菊水の隣でお魁が声を上げる。岡田は首肯した。

「時代に取り残されつつある、御庭番ごときのあんたには分からないだろうさ。死は次の生のための布石となる。屍生術は、これまで人びとが考えてきた生死の概念さえも変えてしまったんだねぇ」

「フン、まるで誰かの請売りのような文句を並べ立てやがって」

吐き捨てるように言う菊水。岡田はお構いなしに、いささか陶酔気味に、話をつづけた。

「長きにわたった徳川幕府の世も終わりに近づき、新しい時代がはじまろうとしてる。人も、時代の進歩に後れを取ってはいけない。そう、いけないんだ。人間も新しく生まれ変わらなきゃだめなのさ。死という悪魔を味方につけてね」

「以蔵」

 お魁が一歩前に進み出た。

「もう、名前では呼んでくれないんだね」

「へ?」

 お魁の放った場違いな一言を、小佐吉たちが一斉に聞き返したその時。四方から草を踏み分けにじり寄る無数の足音、そして、闇夜にゆれる赤い提灯が一同を取り囲んだ。

岡田は落ち着いた調子でつぶやいた。

奉行所の連中か。こんな夜更けにまでご苦労なこった。夜はならず者のための舞台だ、大人しくしてもらいたいもんだねぇ」

 提灯が一個、ずいっと前に進み出てきて、どら声で凄んだ。

「貴様らぁ、岡田以蔵とその一味であるな!? 貴様らが神戸で犯した数々の狼藉、償ってもらおう」

「げっ、何か勘違いされてる!?」

 小佐吉は慌てて藤堂を振り返ったが、藤堂の表情は、自分の身を案ずるのとはまた違う、緊張感をはらんでいた。その視線は、岡田の一挙一動に向けられている。

「……まずいな」

 藤堂がつぶやいた直後、進み出た奉行所の男がもう一発、声を張り上げた。

「者ども、気勢を上げてこの連中をひっとらえろ!」

「やめろ!」

 藤堂の叫びは、岡田に向かって突進する男たちの掛け声にかき消された。手柄を欲して我先にと駆けてくる男たちを、岡田は涼しい顔で斬り伏せていく。

「そら」

 岡田は地面に倒れた一人の顔をつかんだ。すると、たちまち男の顔はひび割れ、土くれのように砕け散った。

「悪いね。俺の『死』は感染するもんで」

 異形の力を目の当たりにし、逃げ惑う男たち。その手足や首根っこを、見境なくひっつかんではケタケタ笑う岡田を、小佐吉たちは呆然と見つめるほかなかった。

(第28話おわり)

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第27話

★マーシャルです。早速どうぞ。

 

 月に照らされ、夜に集まった魑魅魍魎共。

 中でも坂本の存在だけは飛びぬけて目立っていた。それは彼の大柄な体躯だけでなく、醸し出す雰囲気の独特さであった。

 その場の雰囲気など意にも介さず、終始ニコニコと笑顔を崩さない。

 彼は藤堂に気づいた。こちらの方に興味を示し、近寄ってきた。周りでは、対照的に殺気がまき散らされているというのにも関わらず。

「おおっ、おんしはひょっとして藤堂くんか、今宵はほんに懐かしい顔がそろうのぉ」

 坂本は自身の命が狙われていることも他人ごとかのように藤堂に駆け寄り、肩をバシバシ叩く。

藤堂どのはそれにたじたじだ。苦笑いをしている。

「久しぶりです。坂本さん」

 あの藤堂どのでもこんな顔をする時があるなんて、申し訳なさそうに縮まっている。

「千葉先生の道場でおうた以来か、懐かしいのぉ。そうか、藤堂くんは新撰組になったがかぁ、そうかぁ」

 今度はなんとも悲しそうな顔になる。まるで飼っていた子犬が逃げ出したように、なんとも表情がコロコロと変わる人だ。

「すまんのぉ、もう新撰組の連中とは遊ばんと決めたんじゃ。それにちぃと急ぎでのまた会おう」

 坂本は背中を向けて堂々と歩き出した。ここまでの間、その場のペースはまさに命が狙われている真っ最中の彼のものであった。

「逃げるのか坂本!」

 ここで、ようやく雰囲気にのまれていた外野の一人が声を荒げた。

 坂本は不敵にも、笑みを浮かべる。

「おう、逃げるがじゃ。おんしらみたいなよう分からんもんとも遊ぶ気は無い。わしは忙しいでの」

 坂本はずっと懐に入れていた右手を取り出していた。手にはリボルバーが握られてる。以前、墓地で岡田以蔵が使っていたものと同じ形だ。

 ダァン!!!

 間髪を入れず、銃口から火花があがった。

 次に黒装束一人が倒れた。それにより、隣の者にわずかであるが隙が生まれた。

 坂本達はその期を逃さない。勢いよく、体当たりをかますとその勢いのまま走り出した。

「近藤、半次郎さんのところまで逃げるがじゃ。きっとなんとかしてくれるはずじゃ。」

「ええ、もうそれしか無いでしょうね!」

 近藤はもはや半分ヤケになっているように聞こえてくる。

「ほんじゃあの、藤堂くん!またどこかで!」

 坂本の声もだんだんと遠くなっていく、その声もどこかたのしそうであった。

 

 黒装束の残りが後を追おうとした時、また一人いきなりに倒れた。

「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜよ」

 そこには坂本の笑みとは似つかぬニタニタとした笑みを浮かべ、血に濡れた脇差を握った岡田以蔵がいた。

 (第27話おわり)

草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜第26話”一同会す”

その噂はそれ界隈の巷では有名な話となった。

そしてその噂はもちろんお魁の耳にも入ることとなっていた。

「お頭……お頭!」

「……うおっ、なんじゃ!」

「まったくお話は聞いていたのですか?」

「おお、なんの話かいの?」

お魁の部下でもリーダー格である菊水は呆れる。

「聞いてないじゃないですか。坂本や近藤が神戸で見つかったってんでこれからどうするかって話じゃないですか。会津新撰組の輩に好き放題やられてもいいんですかい?」

「そうじゃのう……」

──ったくここ最近のお頭は気が抜けることが度々じゃ。

菊水は思う。理由はわからないがかの人斬り以蔵が亡くなったという話をお魁の耳に入れてからの気がする。

岡田以蔵と過去に何かあったのだろうか。

菊水はその因果関係を推測した。

「ゆくぞ」

ついに平常心を取り戻したお魁が菊水ら部下に指示を下す。

「はっ」

部下たちはすぐに返事をした。

とにかく、

──まだまだ頭には働いてもらわねーと困るんでね。俺が頭ってのも気が重いんで。

そんな悩みを抱えながら菊水はお魁の後を追うのであった。

 

「小佐吉もさ、はじめに比べるとだいぶ剣術も上達したよね〜。まだまだぎこちないけどさ」

なんて切り株に腰を据え、焚き火に暖まりながら藤堂は言った。

夜の暗がりに灯る火が彼の食事の営みを照らしている。

「ありがたき幸せ。……にしても藤堂殿は凄すぎます。子熊といえどあんな獣を剣で倒すなど。拙者は恥ずかしながら即座に退散しました」

「まあねぇ〜慣れだと思うよ」

そう軽く言って藤堂は肉にかぶりついた。

──一体どんな人生を送れば熊を倒すことになれるのだろう?

そんなことを新撰組で思うのは自分だけなのだろうか、と小佐吉は心の中で突っ込まずにはいられなかった。

「そうそう熊で思い出したけどさ、坂本龍馬。あの人なら素手で倒すんじゃないかな?」

「……」

なんとコメントをすればいいか小佐吉にはわからなかった。

熊を素手で倒すなどそれはもはや人間ではない。

熊以上の獣だ。

小佐吉は思った。

そして何より恐ろしいのがその獣を藤堂と二人で追っているという事実であった。

「まったくとんでもない世界に足を突っ込んだものです」

「ん、何か言った?」

「いえ、こちらの話です」

新撰組に入ってからこの藤堂にしろ、久坂、御庭番、坂本。

庶民では決して接することもない人たちがさも当たり前のように会話に出たり遭遇したりする。

この半年でどれだけ成長したのだろうか。

梶尾家で竹刀を振っていた時代がすごく懐かしく感じた。

「そうそう、藤堂殿はえらく伊藤殿に気に入られておりますね」

小佐吉は前から気になっていたことの探りを唐突に入れてみることにした。

「ん、ああ、そうだね……」

藤堂はあまり話をしたくないかのように言葉を濁した。

「あまり嬉しくないのでしょうか?」

小佐吉は藤堂に尋ねた。

「そんなことはないさ。ただ複雑な心境だなって」

「複雑?」

「僕はさ、もともと伊藤先生のお弟子さんだったわけだけど試衛館に入って近藤さんや土方さん、沖田くんや山南さんと一緒に行動している期間が長くなっちゃった。今、新撰組の内部では大きな抗争こそないものの派閥が分かれていってる。そんな時、僕はどの派閥につけばいいんだろうってね」

ふと藤堂は上を見上げた。

──あの強さの中にはそのような迷いもあったのか。

小佐吉は急に藤堂が身近に感じられた。

と、急に頰に何かが当たって小佐吉は「いたっ」と声をあげた。

何かと思うと藤堂がゲラゲラ笑っている。大方、食べ終わった熊の骨を投げたのだろう。

「なーんて、どこの派閥でもない小便小僧の小佐吉にはまだ早い話だったかな」

藤堂が平常に戻り嬉しかった小佐吉は頰の痛さも気にならなかった。

「さてと……」

藤堂は切り株から腰を浮かした。

「それじゃあ、怪物退治と行きますか。休憩も済んだしここから先は神戸まで一直線だ」

「はいっ」

小佐吉は意気揚々と返事をした。

 

「おーい、龍馬。何しとるがぜよ!」

近藤長次郎は気がつけば道中で油を売っている龍馬に声をかけた。

「ここに食べられそうな植物があったがに。長崎に行くまでの道中、腹が減るけんのぉ。おやつじゃおやつ」

そんな遠足気分の龍馬に近藤は呆れた。

「まったくどういう状況かわかっちゃおらんろ。岡田の騒ぎなどもあった今、追ってがわしらに追いつくがは時間の問題っちゅうのがわからんがか」

「まぁまぁそんな肩肘はるなちや近藤。こういう危機的な状況んときこそ平常心がぜ。平常心」

あくまで呑気な龍馬に近藤はイラついてきた。

「ええか、龍馬。今、わしらは宙ぶらりんな状態。どこから狙われてもおかしくない状況がぜ? 脱藩した土佐藩、操練所解散を命じた幕府、不逞な輩を取り締まる新撰組、屍生術に興味を示すその他各藩。わしらを捕えたいもんは五万とおるがぜ」

彼らは今や籠の中の鳥。

そう表現してもあながち間違いではなかった。

「そんなこと言われてものう。人には天命ゆうもんがあるちに」

死んときは死ぬ、とそういう龍馬に近藤は言い返す気力も無くなった。

「もうええがぜ。ほいならさっさと行くが……」

「坂本だな」

ふとひどく冷たく重たい声が二人の背後から聞こえた。

「誰がぜ!?」

近藤がさやに手をかけた。龍馬も近藤にならう。

男は姿を現すも黒装束に身を纏っている。

「斬っても斬れぬが影、踏んでも逃るるが影。常人には影を捕らえられぬ」

「???」

何を言っているのだろうと近藤は思う。

「罪なき者を裁くもやむなし」

そう言って男は目にも留まらぬスピードでくいなを龍馬に向かって投げる。

「龍馬!」

キン、と、くいなを食い止めたのは近藤でもなく龍馬でもなかった。

急に現れた第三者。

月光が彼の顔を浮かび上がらせる。

「おまんは!?」

「以蔵!」

岡田以蔵の姿がそこにあった。

「以蔵! おまんやっぱり生きちょったがか!」

龍馬の喜びに岡田は「ふん」とだけ鼻息を吐いた。

「岡田……以蔵……」

謎の男もそっとその名をつぶやいた。

「お前たち何やってる!」

これまた装束に身を包んだ4人組が現れた。

見た感じ男の仲間というわけでもなさそうだが。

「坂本と近藤と見受けるが……」

頭らしき女性が言葉途中ではたと止まった。

「以蔵……?」

女の頭──お魁もまたその名を口に出した。

「お魁か」

岡田が振り向くこともせずその名を言った。

「あんた生きてたの!? どこで何をしてたの!?」

「お頭!」

今か今かと岡田に飛びかからんお魁を菊水ら部下が止める。

そのときだった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

その丸っこい物体が頭上から降ってきた。皆がその二つの物体を避ける。

「いたたたたた」 

齢20もいかない青年が起き上がる。

「だから言ったではありませんか。夜中にあんな危ないとこ通らない方が良いと」

これまた同じ年くらいの青年が起き上がる。

「だってこっちの方が近道なんだもん……ってあれ?」

青年たちはようやく周りの状況に気がついた。

「えーつと、どちら様?」

青年──藤堂はそう周りに語りかけた。

小佐吉もキョロキョロ見回す。

「お取り込み中でしたかな?」

「いたたたた」

そこで二人を避けられなかった一人の男がようやく起き上がった。

「何が起こったぜ……」

「坂本さん!?」

藤堂がその名をつい口にした。

五尺六寸土佐訛りの男。

坂本龍馬と小佐吉の初めての出会いであった。

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第25話

●ゴクツブシ米太郎でございます。物語を小奇麗に纏め上げてしまう作業はラクだが、小説の最大の魅力のひとつは、ホントくだらないことをさも意味ありげに書けることなのだー、と思う。書く機会があれば、小佐吉の胸毛が尋常じゃなく濃い話とかを書きたい。うっかり「ネクタイしてくんの忘れた!」って日は胸毛を高速で編んでネクタイを創作するらしいぜ、彼は。そういう無茶ばっかりやって職場の上司との関係やこの小説の世界観をぶち壊しにする男、それが我らの小佐吉なのですな。

 

雲が流れて月光が霞み、伊東甲子太郎の表情は闇に馴染んで見えなくなる。しかし、この男は元来、感情を表に顕さない男だ。顔が見えようが見えまいが、たいした違いはない。

 山南総長がそんなことを考えていると、伊東の口が開いて、歯の羅列の白さが暗がりの中にぼうっと浮かび上がった。

「いいじゃありませんか、新撰組が変わることは。時代は凄まじい勢いで、前へ前へと進んでいます。国のあり方や人の生き方に少しずつ綻びをもたらしながらではありますが、世の中は変わりつつある。そんな中、どうしてわれわれ新撰組も変わらずにいられましょうか」

「はてさて、新撰組はどう変わるのでしょうね」

 山南はさりげない調子で言った。

「あなたはどのように新撰組を変えたいと思ってらっしゃるのか」

 伊東は吐息混じりに笑うだけで、答えをよこさなかった。それは、自分の考えを述べるつもりはないが、新撰組を変えようという野心があることは否定しない――そんな意思表示に受け取れた。

 二人は押し黙ったまま、雲間から顔を覗かせた、白っぽい月を見上げていた。同じものを眺めていながら考えていることはまったく違うのだろうな、と思うと、山南は苦い笑いが腹の底からこみ上げてきた。どうして人と人とはかくも異なっているのだろう。理解しあえない者同士が斬って斬られて、その繰り返しが地層のように積み重なって、今の時代が出来ているのだとしたら、これからの時代はどうなるだろう。まったく新しい成分の槌が折り重なって、今までの地層はその下にうずもれていってしまうかもしれない。

 山南は、改めて考えてみた。自分は、次の時代のためになるようなことを、次の時代に遺せるような何かを、成し遂げられているのか?

「そういえば、沖田くんが昨日、面白いことを言っていましたよ」

 伊東が話題を変えた。

新撰組隊士を水に喩えてみると、土方さんは滝、私は深海、山南総長は湖だそうです」

「湖?」

「波紋ひとつさえ立たない、閑寂なる湖だそうです。沖田くんは、斎藤くんところの隊の小佐吉という隊士にも聞いてみた。『君は自分を水に喩えるなら何だ?』と。すると小佐吉くんは答えた。『犬の小便です』とね」

「彼らしい答えだ」

 どうして唐突にそんな話を始めたのか、山南は伊東の真意を掴み損ねたが、興味本位で聞いてみた。

「伊東くんは、何です。水に自分を喩えるなら」

「沖田くんの深海、という評価は身に余る光栄ですからね。良く言って手酌酒ってところでしょうか」

「ほぅ」

「こんな月の綺麗な晩にちびりちびりと呑みたくなる、人をいい気分に酔わす酒。他人にいい影響を与える人物でありたいというのが私の理想ですから」

 いかにも向上心に満ち溢れ、啓蒙主義的な伊東らしい答えであった。

「月見酒か。近頃、そんな風流からも遠ざかっていますなぁ。こないだ沖田くんを月見酒に誘ったら、むさい男と晩酌は御免だって断られましたよ」

「そりゃあこういう夜のお供は別嬪に限ります。“三千世界の 鴉を殺し ぬしと添い寝が してみたい”ってね」

 これまた急に節をつけて謳い出した伊東を、山南は物珍しげに見た。

「なんですか、それは」

「ああ、いや、最近仕入れた流行歌ですよ」

 伊東は立ち上がりながら答えた。

「そろそろ私はお暇します。お休みなさい」

 山南は、一人で考え事を続けたかったので、正門をくぐって表を歩き出した。

 五分と歩かないうちに、豆腐屋の角を曲がったところで人にぶつかり、山南は失礼、と謝った。深酒の匂いがもわっと鼻腔を塞いだ。相手はかなり泥酔しているらしく、操り人形のようにふらふら歩きながら妙な節回しの歌を口ずさんでいる、

「三千世界の 鴉を殺し ぬしと添い寝が してみたいぃぃ……」

 山南は反射的に酔っ払いの腕をつかんでいた。酔っ払いの男は、どろんと垂れた目を山南に向ける。

「なんだぁ、あんた?」

「その歌、どこで知ったのですか?」

「昨日だっけかなぁ、屋台でよぅぅぅ、たまたま隣り合わせた若けぇにいちゃんから教ぇーてもらったのよ。長州くんだりから出てきてよぅぅぅ、なんだか京で一仕事やってやらぁって息巻いてたぜ」

 月がまた翳って、歩いてきた道の輪郭がぼやけて分からない。行灯か何かを持って来ればよかった、と山南は思いながら、もと来た道をひき返した。

 (第25話おわり)

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第24話

★マーシャルです。一人称と三人称、どっちで書いても上手く書けない。

 

「まさか手がかりの以蔵が爆発するとはねぇ、ハハハ」

「笑いごとじゃないですよ!自分は死にかけたのですよ」

 藩邸での爆発はあの後かなりの騒動になった。自分と藤堂どのは、面倒事は御免とその場を脱け、近くの茶屋の中で茶を呑み団子を齧っていた。所謂、サボりである。

「でもこれからどうしましょうか藤堂殿、肝心の手がかりは無いのですよ。こうなれば、我々は操練所がある神戸へ向かい情報収集を」

 藤堂どのは飲み終えた湯呑を盆の上に置くと、落ち着いた様子のまま口を動かした。その手には新たにみたらし団子がつままれている。

「全く小佐吉君、ちょっとは落ち着いて考えなよ。」

「死にかけて、落ち着いていられる訳がないです!そういう藤堂どのこそ、何か分かったのでございますか」

 喋りながらも団子を食べるペースは緩まない。

「考えてみてよ、今京で土佐の勤王派残党が藩邸を襲撃する理由なんか一切無いよ。確かに追手を殺ることは時に必要だけど、藩邸爆破何て声明も要求も無しに大勢は何も変わらないよ」

「まあ、確かにそうでしょうな。」

「だったら今、出来損ないの人形なんか使って騒ぎを起こすのは誰で、その理由は何なのか、理由は一つじゃないか」

 藤堂どのはもう答えを言ったつもりのようだけど、イマイチ分からない。

「理由と言っても、あんな中途半端なことむしろ土佐の警戒を強くして警備を……、あっ」

 当てずっぽうに、応えていると何となく分かってきた。

「ひょっとして以蔵を送り込んだのは操練所塾生で、彼らは追手の人員を警備に回して、逃げやすくする算段なのですね。成る程、となれば爆発は土佐藩邸だけじゃなくて、もっと他でも例えば……

 

ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!

 

 小佐吉の回答に代わって突如響いた轟音がその役割を務めてくれた。慌てて外に飛び出すと、煙が二条城のある方角から上がっていくのが見える。

「あそこには確か、見回り組の詰め所が」

 自分が唖然となっている間に藤堂どのは勘定を済ませ、暖簾を押して表に出てきた。

「そう、逆に彼らは上手くやれば追手をかく乱出来る上に負傷させることが出来る。今の都は厳戒態勢。皆が皆勤王派を取り締まろうと躍起になってるんだ。懐に潜らせるのは簡単だよ、怪しい浮浪者だったら即、逮捕じゃないかな」

 藤堂どのは不謹慎な程、嬉しそうだ。獲物がやっとやって来たと言わんばかりに。

「大丈夫だよ、彼らが保護を受けるには絶対あそこに行かないと駄目なんだ。じきに来るよ。とりあえず屯所に戻ろう、ウチも安全かどうかは分からないけどね。」

 藤堂の団子の串の先は、確かに薩摩藩邸の方を捉えていた。

【草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜】第23話

※どうもいがもっちです。最近主人公の小佐吉を全く書いていないような気がします……。

 

「おまん、わしに何か隠して企んどることがありゃせんかえ?」

 

•男の名は近藤長次郎。その企てとは一体……!?

【草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第23話 『策謀』】

 

 近藤の目が開かれる。

 ……まさか龍馬はわしの策に気づいたとでもいうがか?

 近藤は内心の焦燥を悟られないように、

「ええ、何を言うちょるがか。龍馬、わしはおまんに何も隠しちょらーせんきに」

 と、龍馬のお猪口に酒を注ぎつつ言った。

「ほんまかえ? どうもおまんは何かを隠しちょるように見えるがのう」

 注がれた酒を一気に飲み干す龍馬。

 お猪口はすぐに空となった。

「おまん旧友をも疑ちょるいうがか? わしは寂しいがぜ」

 再び近藤が龍馬のお猪口に酒を注ぐ。

「旧友がじゃきこうして隠し立てなく聞いとるがぜ。おまんの心配をしていっちょるがき。のう? 長次郎」

 いつの間にか龍馬は酒を飲み干し長次郎の目をまっすぐに見ていた。

 笑顔の瞳の奥に隠された獰猛な獣のようなそれ。彼の内に秘められた闘志とその力は窺い知れなかった。

 ……ダメじゃこの男にはすぐんにバレてしまう!

 覚悟を決め「わしゃあ何も……」と目を瞑って最後の抵抗をした瞬間だった。

「そうかえ。ならええがぜ」

 あっけなく龍馬が引き下がった。

 近藤は思わずずっこけそうになるのをこらえ、

「急じゃのう」

 とびっくりしたように言った。

「んん? だって違うんじゃろ? ならええがぜ。疑うて悪かったのう。せっかくの酒が不味くなってすまんかったのう」

 豪快に笑いながら今度は龍馬が近藤のお猪口に酒を注いだ。

 ……全くこの男には敵わない。

 近藤はそれに応じながらも心の中はまだ冷や汗をかいているのだった。

 

           ○○○

 

「おう、久坂じゃねーか」

 京の都のとある御所で大柄の男が久坂玄瑞に声をかけた。

「ああ、これはこれは後藤殿ではございませんか」

 久坂はハットという名の異国の帽を手で取り一礼をした。

 大柄の男の名は、後藤象二郎土佐藩士で土佐藩においても山内容堂などの信頼を勝ち取りそれなりの地位を築いている男だ。

「ったく、毎度、毎度、会議ってのも面倒だよな。あの爺さんは会議のことをエムティージーとか意味不明な言葉で表現するしよぉ」

 手を頭の後ろで組み合わせぶっきらぼうに後藤が言う。

MTG……おそらく会議の異国語『Meeting』のことを略しているんでしょう。英語を学んだ後藤殿ならお分かりでしょう」

「おお、そういうことか。『Meeting』をいちいち略すなよ爺さん」

「あの人にとって時とはまさに金なり。1秒とて無駄にはできないのでしょう」

 久坂の言葉に「そのための死生術だってのに本末転倒じゃねーか?」と文句を呟いた。

「ぼぼっ。後藤殿はなかなか面白いことをおっしゃる」

 突然、後ろから冷静な声だが陽気な口調の男が現れる。

「これはこれは大久保一蔵殿」

 久坂は後藤にしたのと同じように礼をする。

「いや、今は大久保利通殿と言った方がよろしいでしょうかね」

 大久保利通薩摩藩藩士で今や薩摩切手の軍神西郷隆盛と小さい頃から旧知の仲の男だ。

「ぼぼっ。さすがは久坂殿。私めのような小童の改名をいちいち覚えていてくださるとは」

 髭を摩りながら大久保が言う。

「俺が言った言葉のどこがおかしいんだよ?」

 やや食い気味で後藤が大久保に訊ねた。

 大久保は「ぼぼっ」と笑い、

「まさに後藤殿の言う通りで。不死を求めるとは永遠の時間を手に入れるということ。永遠の時間に手に入れるということは時間に縛られないということ。そのような不死を求めている方が誰よりも時間に縛られていることを滑稽だと後藤殿は嗤ったのでしょう? いやはやなりに合わずになかなか知的な方だと思いまして」

「誰が図体だけのうすらとんちんだ!」

 後藤が大久保の胸ぐらを掴んだ。大久保は焦ることもなく「ぼぼっ」と笑う。

 まあまあ、と久坂が後藤を止め、

「同志だから仲良くするといきましょう」

 そう言って三人はとある扉の前に立つ。

 中を開けるとすでに何人かが会議椅子に座っていた。

「きたか……」

 上座に座る男はそう言った。

 

          ○○○

 

 新撰組の屯所。

 山南は庭に立って夜空を眺めていた。

 着流しの袖に両手を入れ何をもの思っているのだろうか。

「これはこれは山南先生」

 華麗で清く流れるような声がする。

「どうされましたか伊藤先生」

 山南は振り返り微笑みを浮かべながらそう言った。

「月を眺めておられたのですか?」

 伊藤が山南に訊ねる。

「ええ、考え事にはちょうど良い夜です」

 山南はそう答える。

『なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな』

 突然、伊藤が一句歌った。

「月で思い出すのはこの一首ですかね」

「そうですか。恋の歌は私は合わないので……」

 そう言って山南も一句。

『天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも』

「安倍仲麿ですね」

「ええ、遠い故郷に思いを馳せる。私はこの歌を故郷だけではなく昔の時にも思い重ねています」

新撰組設立時でしょうか?」

「もっと昔です。近藤さんや土方さん、斎藤くんや藤堂くんと会ったとき。多摩の試衛館時代です」

 そう言って山南は伊藤の方を向く。

 笑みを浮かべた顔。しかしその両の目は笑っていなかった。

新撰組は変わってしまった。あなたの加入もそれを物語っています」