ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜

考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第27話

★マーシャルです。早速どうぞ。

 

 月に照らされ、夜に集まった魑魅魍魎共。

 中でも坂本の存在だけは飛びぬけて目立っていた。それは彼の大柄な体躯だけでなく、醸し出す雰囲気の独特さであった。

 その場の雰囲気など意にも介さず、終始ニコニコと笑顔を崩さない。

 彼は藤堂に気づいた。こちらの方に興味を示し、近寄ってきた。周りでは、対照的に殺気がまき散らされているというのにも関わらず。

「おおっ、おんしはひょっとして藤堂くんか、今宵はほんに懐かしい顔がそろうのぉ」

 坂本は自身の命が狙われていることも他人ごとかのように藤堂に駆け寄り、肩をバシバシ叩く。

藤堂どのはそれにたじたじだ。苦笑いをしている。

「久しぶりです。坂本さん」

 あの藤堂どのでもこんな顔をする時があるなんて、申し訳なさそうに縮まっている。

「千葉先生の道場でおうた以来か、懐かしいのぉ。そうか、藤堂くんは新撰組になったがかぁ、そうかぁ」

 今度はなんとも悲しそうな顔になる。まるで飼っていた子犬が逃げ出したように、なんとも表情がコロコロと変わる人だ。

「すまんのぉ、もう新撰組の連中とは遊ばんと決めたんじゃ。それにちぃと急ぎでのまた会おう」

 坂本は背中を向けて堂々と歩き出した。ここまでの間、その場のペースはまさに命が狙われている真っ最中の彼のものであった。

「逃げるのか坂本!」

 ここで、ようやく雰囲気にのまれていた外野の一人が声を荒げた。

 坂本は不敵にも、笑みを浮かべる。

「おう、逃げるがじゃ。おんしらみたいなよう分からんもんとも遊ぶ気は無い。わしは忙しいでの」

 坂本はずっと懐に入れていた右手を取り出していた。手にはリボルバーが握られてる。以前、墓地で岡田以蔵が使っていたものと同じ形だ。

 ダァン!!!

 間髪を入れず、銃口から火花があがった。

 次に黒装束一人が倒れた。それにより、隣の者にわずかであるが隙が生まれた。

 坂本達はその期を逃さない。勢いよく、体当たりをかますとその勢いのまま走り出した。

「近藤、半次郎さんのところまで逃げるがじゃ。きっとなんとかしてくれるはずじゃ。」

「ええ、もうそれしか無いでしょうね!」

 近藤はもはや半分ヤケになっているように聞こえてくる。

「ほんじゃあの、藤堂くん!またどこかで!」

 坂本の声もだんだんと遠くなっていく、その声もどこかたのしそうであった。

 

 黒装束の残りが後を追おうとした時、また一人いきなりに倒れた。

「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜよ」

 そこには坂本の笑みとは似つかぬニタニタとした笑みを浮かべ、血に濡れた脇差を握った岡田以蔵がいた。

 (第27話おわり)

草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜第26話”一同会す”

その噂はそれ界隈の巷では有名な話となった。

そしてその噂はもちろんお魁の耳にも入ることとなっていた。

「お頭……お頭!」

「……うおっ、なんじゃ!」

「まったくお話は聞いていたのですか?」

「おお、なんの話かいの?」

お魁の部下でもリーダー格である菊水は呆れる。

「聞いてないじゃないですか。坂本や近藤が神戸で見つかったってんでこれからどうするかって話じゃないですか。会津新撰組の輩に好き放題やられてもいいんですかい?」

「そうじゃのう……」

──ったくここ最近のお頭は気が抜けることが度々じゃ。

菊水は思う。理由はわからないがかの人斬り以蔵が亡くなったという話をお魁の耳に入れてからの気がする。

岡田以蔵と過去に何かあったのだろうか。

菊水はその因果関係を推測した。

「ゆくぞ」

ついに平常心を取り戻したお魁が菊水ら部下に指示を下す。

「はっ」

部下たちはすぐに返事をした。

とにかく、

──まだまだ頭には働いてもらわねーと困るんでね。俺が頭ってのも気が重いんで。

そんな悩みを抱えながら菊水はお魁の後を追うのであった。

 

「小佐吉もさ、はじめに比べるとだいぶ剣術も上達したよね〜。まだまだぎこちないけどさ」

なんて切り株に腰を据え、焚き火に暖まりながら藤堂は言った。

夜の暗がりに灯る火が彼の食事の営みを照らしている。

「ありがたき幸せ。……にしても藤堂殿は凄すぎます。子熊といえどあんな獣を剣で倒すなど。拙者は恥ずかしながら即座に退散しました」

「まあねぇ〜慣れだと思うよ」

そう軽く言って藤堂は肉にかぶりついた。

──一体どんな人生を送れば熊を倒すことになれるのだろう?

そんなことを新撰組で思うのは自分だけなのだろうか、と小佐吉は心の中で突っ込まずにはいられなかった。

「そうそう熊で思い出したけどさ、坂本龍馬。あの人なら素手で倒すんじゃないかな?」

「……」

なんとコメントをすればいいか小佐吉にはわからなかった。

熊を素手で倒すなどそれはもはや人間ではない。

熊以上の獣だ。

小佐吉は思った。

そして何より恐ろしいのがその獣を藤堂と二人で追っているという事実であった。

「まったくとんでもない世界に足を突っ込んだものです」

「ん、何か言った?」

「いえ、こちらの話です」

新撰組に入ってからこの藤堂にしろ、久坂、御庭番、坂本。

庶民では決して接することもない人たちがさも当たり前のように会話に出たり遭遇したりする。

この半年でどれだけ成長したのだろうか。

梶尾家で竹刀を振っていた時代がすごく懐かしく感じた。

「そうそう、藤堂殿はえらく伊藤殿に気に入られておりますね」

小佐吉は前から気になっていたことの探りを唐突に入れてみることにした。

「ん、ああ、そうだね……」

藤堂はあまり話をしたくないかのように言葉を濁した。

「あまり嬉しくないのでしょうか?」

小佐吉は藤堂に尋ねた。

「そんなことはないさ。ただ複雑な心境だなって」

「複雑?」

「僕はさ、もともと伊藤先生のお弟子さんだったわけだけど試衛館に入って近藤さんや土方さん、沖田くんや山南さんと一緒に行動している期間が長くなっちゃった。今、新撰組の内部では大きな抗争こそないものの派閥が分かれていってる。そんな時、僕はどの派閥につけばいいんだろうってね」

ふと藤堂は上を見上げた。

──あの強さの中にはそのような迷いもあったのか。

小佐吉は急に藤堂が身近に感じられた。

と、急に頰に何かが当たって小佐吉は「いたっ」と声をあげた。

何かと思うと藤堂がゲラゲラ笑っている。大方、食べ終わった熊の骨を投げたのだろう。

「なーんて、どこの派閥でもない小便小僧の小佐吉にはまだ早い話だったかな」

藤堂が平常に戻り嬉しかった小佐吉は頰の痛さも気にならなかった。

「さてと……」

藤堂は切り株から腰を浮かした。

「それじゃあ、怪物退治と行きますか。休憩も済んだしここから先は神戸まで一直線だ」

「はいっ」

小佐吉は意気揚々と返事をした。

 

「おーい、龍馬。何しとるがぜよ!」

近藤長次郎は気がつけば道中で油を売っている龍馬に声をかけた。

「ここに食べられそうな植物があったがに。長崎に行くまでの道中、腹が減るけんのぉ。おやつじゃおやつ」

そんな遠足気分の龍馬に近藤は呆れた。

「まったくどういう状況かわかっちゃおらんろ。岡田の騒ぎなどもあった今、追ってがわしらに追いつくがは時間の問題っちゅうのがわからんがか」

「まぁまぁそんな肩肘はるなちや近藤。こういう危機的な状況んときこそ平常心がぜ。平常心」

あくまで呑気な龍馬に近藤はイラついてきた。

「ええか、龍馬。今、わしらは宙ぶらりんな状態。どこから狙われてもおかしくない状況がぜ? 脱藩した土佐藩、操練所解散を命じた幕府、不逞な輩を取り締まる新撰組、屍生術に興味を示すその他各藩。わしらを捕えたいもんは五万とおるがぜ」

彼らは今や籠の中の鳥。

そう表現してもあながち間違いではなかった。

「そんなこと言われてものう。人には天命ゆうもんがあるちに」

死んときは死ぬ、とそういう龍馬に近藤は言い返す気力も無くなった。

「もうええがぜ。ほいならさっさと行くが……」

「坂本だな」

ふとひどく冷たく重たい声が二人の背後から聞こえた。

「誰がぜ!?」

近藤がさやに手をかけた。龍馬も近藤にならう。

男は姿を現すも黒装束に身を纏っている。

「斬っても斬れぬが影、踏んでも逃るるが影。常人には影を捕らえられぬ」

「???」

何を言っているのだろうと近藤は思う。

「罪なき者を裁くもやむなし」

そう言って男は目にも留まらぬスピードでくいなを龍馬に向かって投げる。

「龍馬!」

キン、と、くいなを食い止めたのは近藤でもなく龍馬でもなかった。

急に現れた第三者。

月光が彼の顔を浮かび上がらせる。

「おまんは!?」

「以蔵!」

岡田以蔵の姿がそこにあった。

「以蔵! おまんやっぱり生きちょったがか!」

龍馬の喜びに岡田は「ふん」とだけ鼻息を吐いた。

「岡田……以蔵……」

謎の男もそっとその名をつぶやいた。

「お前たち何やってる!」

これまた装束に身を包んだ4人組が現れた。

見た感じ男の仲間というわけでもなさそうだが。

「坂本と近藤と見受けるが……」

頭らしき女性が言葉途中ではたと止まった。

「以蔵……?」

女の頭──お魁もまたその名を口に出した。

「お魁か」

岡田が振り向くこともせずその名を言った。

「あんた生きてたの!? どこで何をしてたの!?」

「お頭!」

今か今かと岡田に飛びかからんお魁を菊水ら部下が止める。

そのときだった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

その丸っこい物体が頭上から降ってきた。皆がその二つの物体を避ける。

「いたたたたた」 

齢20もいかない青年が起き上がる。

「だから言ったではありませんか。夜中にあんな危ないとこ通らない方が良いと」

これまた同じ年くらいの青年が起き上がる。

「だってこっちの方が近道なんだもん……ってあれ?」

青年たちはようやく周りの状況に気がついた。

「えーつと、どちら様?」

青年──藤堂はそう周りに語りかけた。

小佐吉もキョロキョロ見回す。

「お取り込み中でしたかな?」

「いたたたた」

そこで二人を避けられなかった一人の男がようやく起き上がった。

「何が起こったぜ……」

「坂本さん!?」

藤堂がその名をつい口にした。

五尺六寸土佐訛りの男。

坂本龍馬と小佐吉の初めての出会いであった。

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第25話

●ゴクツブシ米太郎でございます。物語を小奇麗に纏め上げてしまう作業はラクだが、小説の最大の魅力のひとつは、ホントくだらないことをさも意味ありげに書けることなのだー、と思う。書く機会があれば、小佐吉の胸毛が尋常じゃなく濃い話とかを書きたい。うっかり「ネクタイしてくんの忘れた!」って日は胸毛を高速で編んでネクタイを創作するらしいぜ、彼は。そういう無茶ばっかりやって職場の上司との関係やこの小説の世界観をぶち壊しにする男、それが我らの小佐吉なのですな。

 

雲が流れて月光が霞み、伊東甲子太郎の表情は闇に馴染んで見えなくなる。しかし、この男は元来、感情を表に顕さない男だ。顔が見えようが見えまいが、たいした違いはない。

 山南総長がそんなことを考えていると、伊東の口が開いて、歯の羅列の白さが暗がりの中にぼうっと浮かび上がった。

「いいじゃありませんか、新撰組が変わることは。時代は凄まじい勢いで、前へ前へと進んでいます。国のあり方や人の生き方に少しずつ綻びをもたらしながらではありますが、世の中は変わりつつある。そんな中、どうしてわれわれ新撰組も変わらずにいられましょうか」

「はてさて、新撰組はどう変わるのでしょうね」

 山南はさりげない調子で言った。

「あなたはどのように新撰組を変えたいと思ってらっしゃるのか」

 伊東は吐息混じりに笑うだけで、答えをよこさなかった。それは、自分の考えを述べるつもりはないが、新撰組を変えようという野心があることは否定しない――そんな意思表示に受け取れた。

 二人は押し黙ったまま、雲間から顔を覗かせた、白っぽい月を見上げていた。同じものを眺めていながら考えていることはまったく違うのだろうな、と思うと、山南は苦い笑いが腹の底からこみ上げてきた。どうして人と人とはかくも異なっているのだろう。理解しあえない者同士が斬って斬られて、その繰り返しが地層のように積み重なって、今の時代が出来ているのだとしたら、これからの時代はどうなるだろう。まったく新しい成分の槌が折り重なって、今までの地層はその下にうずもれていってしまうかもしれない。

 山南は、改めて考えてみた。自分は、次の時代のためになるようなことを、次の時代に遺せるような何かを、成し遂げられているのか?

「そういえば、沖田くんが昨日、面白いことを言っていましたよ」

 伊東が話題を変えた。

新撰組隊士を水に喩えてみると、土方さんは滝、私は深海、山南総長は湖だそうです」

「湖?」

「波紋ひとつさえ立たない、閑寂なる湖だそうです。沖田くんは、斎藤くんところの隊の小佐吉という隊士にも聞いてみた。『君は自分を水に喩えるなら何だ?』と。すると小佐吉くんは答えた。『犬の小便です』とね」

「彼らしい答えだ」

 どうして唐突にそんな話を始めたのか、山南は伊東の真意を掴み損ねたが、興味本位で聞いてみた。

「伊東くんは、何です。水に自分を喩えるなら」

「沖田くんの深海、という評価は身に余る光栄ですからね。良く言って手酌酒ってところでしょうか」

「ほぅ」

「こんな月の綺麗な晩にちびりちびりと呑みたくなる、人をいい気分に酔わす酒。他人にいい影響を与える人物でありたいというのが私の理想ですから」

 いかにも向上心に満ち溢れ、啓蒙主義的な伊東らしい答えであった。

「月見酒か。近頃、そんな風流からも遠ざかっていますなぁ。こないだ沖田くんを月見酒に誘ったら、むさい男と晩酌は御免だって断られましたよ」

「そりゃあこういう夜のお供は別嬪に限ります。“三千世界の 鴉を殺し ぬしと添い寝が してみたい”ってね」

 これまた急に節をつけて謳い出した伊東を、山南は物珍しげに見た。

「なんですか、それは」

「ああ、いや、最近仕入れた流行歌ですよ」

 伊東は立ち上がりながら答えた。

「そろそろ私はお暇します。お休みなさい」

 山南は、一人で考え事を続けたかったので、正門をくぐって表を歩き出した。

 五分と歩かないうちに、豆腐屋の角を曲がったところで人にぶつかり、山南は失礼、と謝った。深酒の匂いがもわっと鼻腔を塞いだ。相手はかなり泥酔しているらしく、操り人形のようにふらふら歩きながら妙な節回しの歌を口ずさんでいる、

「三千世界の 鴉を殺し ぬしと添い寝が してみたいぃぃ……」

 山南は反射的に酔っ払いの腕をつかんでいた。酔っ払いの男は、どろんと垂れた目を山南に向ける。

「なんだぁ、あんた?」

「その歌、どこで知ったのですか?」

「昨日だっけかなぁ、屋台でよぅぅぅ、たまたま隣り合わせた若けぇにいちゃんから教ぇーてもらったのよ。長州くんだりから出てきてよぅぅぅ、なんだか京で一仕事やってやらぁって息巻いてたぜ」

 月がまた翳って、歩いてきた道の輪郭がぼやけて分からない。行灯か何かを持って来ればよかった、と山南は思いながら、もと来た道をひき返した。

 (第25話おわり)

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第24話

★マーシャルです。一人称と三人称、どっちで書いても上手く書けない。

 

「まさか手がかりの以蔵が爆発するとはねぇ、ハハハ」

「笑いごとじゃないですよ!自分は死にかけたのですよ」

 藩邸での爆発はあの後かなりの騒動になった。自分と藤堂どのは、面倒事は御免とその場を脱け、近くの茶屋の中で茶を呑み団子を齧っていた。所謂、サボりである。

「でもこれからどうしましょうか藤堂殿、肝心の手がかりは無いのですよ。こうなれば、我々は操練所がある神戸へ向かい情報収集を」

 藤堂どのは飲み終えた湯呑を盆の上に置くと、落ち着いた様子のまま口を動かした。その手には新たにみたらし団子がつままれている。

「全く小佐吉君、ちょっとは落ち着いて考えなよ。」

「死にかけて、落ち着いていられる訳がないです!そういう藤堂どのこそ、何か分かったのでございますか」

 喋りながらも団子を食べるペースは緩まない。

「考えてみてよ、今京で土佐の勤王派残党が藩邸を襲撃する理由なんか一切無いよ。確かに追手を殺ることは時に必要だけど、藩邸爆破何て声明も要求も無しに大勢は何も変わらないよ」

「まあ、確かにそうでしょうな。」

「だったら今、出来損ないの人形なんか使って騒ぎを起こすのは誰で、その理由は何なのか、理由は一つじゃないか」

 藤堂どのはもう答えを言ったつもりのようだけど、イマイチ分からない。

「理由と言っても、あんな中途半端なことむしろ土佐の警戒を強くして警備を……、あっ」

 当てずっぽうに、応えていると何となく分かってきた。

「ひょっとして以蔵を送り込んだのは操練所塾生で、彼らは追手の人員を警備に回して、逃げやすくする算段なのですね。成る程、となれば爆発は土佐藩邸だけじゃなくて、もっと他でも例えば……

 

ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!

 

 小佐吉の回答に代わって突如響いた轟音がその役割を務めてくれた。慌てて外に飛び出すと、煙が二条城のある方角から上がっていくのが見える。

「あそこには確か、見回り組の詰め所が」

 自分が唖然となっている間に藤堂どのは勘定を済ませ、暖簾を押して表に出てきた。

「そう、逆に彼らは上手くやれば追手をかく乱出来る上に負傷させることが出来る。今の都は厳戒態勢。皆が皆勤王派を取り締まろうと躍起になってるんだ。懐に潜らせるのは簡単だよ、怪しい浮浪者だったら即、逮捕じゃないかな」

 藤堂どのは不謹慎な程、嬉しそうだ。獲物がやっとやって来たと言わんばかりに。

「大丈夫だよ、彼らが保護を受けるには絶対あそこに行かないと駄目なんだ。じきに来るよ。とりあえず屯所に戻ろう、ウチも安全かどうかは分からないけどね。」

 藤堂の団子の串の先は、確かに薩摩藩邸の方を捉えていた。

【草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜】第23話

※どうもいがもっちです。最近主人公の小佐吉を全く書いていないような気がします……。

 

「おまん、わしに何か隠して企んどることがありゃせんかえ?」

 

•男の名は近藤長次郎。その企てとは一体……!?

【草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜 第23話 『策謀』】

 

 近藤の目が開かれる。

 ……まさか龍馬はわしの策に気づいたとでもいうがか?

 近藤は内心の焦燥を悟られないように、

「ええ、何を言うちょるがか。龍馬、わしはおまんに何も隠しちょらーせんきに」

 と、龍馬のお猪口に酒を注ぎつつ言った。

「ほんまかえ? どうもおまんは何かを隠しちょるように見えるがのう」

 注がれた酒を一気に飲み干す龍馬。

 お猪口はすぐに空となった。

「おまん旧友をも疑ちょるいうがか? わしは寂しいがぜ」

 再び近藤が龍馬のお猪口に酒を注ぐ。

「旧友がじゃきこうして隠し立てなく聞いとるがぜ。おまんの心配をしていっちょるがき。のう? 長次郎」

 いつの間にか龍馬は酒を飲み干し長次郎の目をまっすぐに見ていた。

 笑顔の瞳の奥に隠された獰猛な獣のようなそれ。彼の内に秘められた闘志とその力は窺い知れなかった。

 ……ダメじゃこの男にはすぐんにバレてしまう!

 覚悟を決め「わしゃあ何も……」と目を瞑って最後の抵抗をした瞬間だった。

「そうかえ。ならええがぜ」

 あっけなく龍馬が引き下がった。

 近藤は思わずずっこけそうになるのをこらえ、

「急じゃのう」

 とびっくりしたように言った。

「んん? だって違うんじゃろ? ならええがぜ。疑うて悪かったのう。せっかくの酒が不味くなってすまんかったのう」

 豪快に笑いながら今度は龍馬が近藤のお猪口に酒を注いだ。

 ……全くこの男には敵わない。

 近藤はそれに応じながらも心の中はまだ冷や汗をかいているのだった。

 

           ○○○

 

「おう、久坂じゃねーか」

 京の都のとある御所で大柄の男が久坂玄瑞に声をかけた。

「ああ、これはこれは後藤殿ではございませんか」

 久坂はハットという名の異国の帽を手で取り一礼をした。

 大柄の男の名は、後藤象二郎土佐藩士で土佐藩においても山内容堂などの信頼を勝ち取りそれなりの地位を築いている男だ。

「ったく、毎度、毎度、会議ってのも面倒だよな。あの爺さんは会議のことをエムティージーとか意味不明な言葉で表現するしよぉ」

 手を頭の後ろで組み合わせぶっきらぼうに後藤が言う。

MTG……おそらく会議の異国語『Meeting』のことを略しているんでしょう。英語を学んだ後藤殿ならお分かりでしょう」

「おお、そういうことか。『Meeting』をいちいち略すなよ爺さん」

「あの人にとって時とはまさに金なり。1秒とて無駄にはできないのでしょう」

 久坂の言葉に「そのための死生術だってのに本末転倒じゃねーか?」と文句を呟いた。

「ぼぼっ。後藤殿はなかなか面白いことをおっしゃる」

 突然、後ろから冷静な声だが陽気な口調の男が現れる。

「これはこれは大久保一蔵殿」

 久坂は後藤にしたのと同じように礼をする。

「いや、今は大久保利通殿と言った方がよろしいでしょうかね」

 大久保利通薩摩藩藩士で今や薩摩切手の軍神西郷隆盛と小さい頃から旧知の仲の男だ。

「ぼぼっ。さすがは久坂殿。私めのような小童の改名をいちいち覚えていてくださるとは」

 髭を摩りながら大久保が言う。

「俺が言った言葉のどこがおかしいんだよ?」

 やや食い気味で後藤が大久保に訊ねた。

 大久保は「ぼぼっ」と笑い、

「まさに後藤殿の言う通りで。不死を求めるとは永遠の時間を手に入れるということ。永遠の時間に手に入れるということは時間に縛られないということ。そのような不死を求めている方が誰よりも時間に縛られていることを滑稽だと後藤殿は嗤ったのでしょう? いやはやなりに合わずになかなか知的な方だと思いまして」

「誰が図体だけのうすらとんちんだ!」

 後藤が大久保の胸ぐらを掴んだ。大久保は焦ることもなく「ぼぼっ」と笑う。

 まあまあ、と久坂が後藤を止め、

「同志だから仲良くするといきましょう」

 そう言って三人はとある扉の前に立つ。

 中を開けるとすでに何人かが会議椅子に座っていた。

「きたか……」

 上座に座る男はそう言った。

 

          ○○○

 

 新撰組の屯所。

 山南は庭に立って夜空を眺めていた。

 着流しの袖に両手を入れ何をもの思っているのだろうか。

「これはこれは山南先生」

 華麗で清く流れるような声がする。

「どうされましたか伊藤先生」

 山南は振り返り微笑みを浮かべながらそう言った。

「月を眺めておられたのですか?」

 伊藤が山南に訊ねる。

「ええ、考え事にはちょうど良い夜です」

 山南はそう答える。

『なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな』

 突然、伊藤が一句歌った。

「月で思い出すのはこの一首ですかね」

「そうですか。恋の歌は私は合わないので……」

 そう言って山南も一句。

『天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも』

「安倍仲麿ですね」

「ええ、遠い故郷に思いを馳せる。私はこの歌を故郷だけではなく昔の時にも思い重ねています」

新撰組設立時でしょうか?」

「もっと昔です。近藤さんや土方さん、斎藤くんや藤堂くんと会ったとき。多摩の試衛館時代です」

 そう言って山南は伊藤の方を向く。

 笑みを浮かべた顔。しかしその両の目は笑っていなかった。

新撰組は変わってしまった。あなたの加入もそれを物語っています」

 

 

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第22話

●今回はあまりうまく書けませんでした。頭に浮かんだストーリーの流れを、ただなぞってそのまま文章にしたような感じ。でも今回はこれで良いのかも。ヘタに脱線したり力んだりする場面でもないと思うので。

 

 気味が悪い、と怒鳴って福岡は岡田以蔵と思われる亡骸を蹴り飛ばした。床に倒れてもなお、亡骸の下顎はがたがたと動き続けている。福岡が抜刀して切りつけようとすると、戸に隠れていた藤堂が前に進み出て、およしなさい、と止めに入った。

「ちょっと調べさせてもらえませんかねぇ。俺が見たところだと、こいつはたぶん……」

 藤堂は岡田の薄汚れた着物をするすると剥ぎ取ると、痩せこけた左胸に目を留めた。

「小佐吉くん、これを見たまえ。拳銃でずどんと撃たれた跡がある」

「本当だ。よく生きていられましたなぁ。普通、ここを撃たれりゃ心臓をやられてお陀仏でございましょうに」

 妙な感心をする小佐吉を、藤堂は小突いた。

「鈍いなぁ。こいつはいっぺん死んで蘇生された屍人に違いないよ。誰かが岡田を屍人に仕立て上げ、首に爆薬を埋め込んでこのお屋敷に送り込んだんじゃないかい」

「この屋敷に?」

 福岡はピンと来たように言った。

「まさか、この私を暗殺するためにか!?」

「その可能性は高いでしょうなぁ。あんたはここ最近、薩摩藩新撰組と協同する施策を打ち出してらっしゃったようですから、それをよろしく思わん輩がやったのかもしれません。小佐吉はすんでのところで回避しましたが、さっきの爆発、接近した人間ひとり殺すには十分の威力でしたからねぇ」

「どうせならば、この屋敷ごと吹っ飛ばすような爆薬を埋め込んで送ればいいものを、随分とけちな爆弾魔ですな」

 物騒な発想を口にする小佐吉に、藤堂はため息をついた。

「量が多けりゃ重くなるでしょ。屍人だって怪力無双じゃないんだぜ、爆弾の重みでふらついてたら怪しさ満点だろ」

「問題はその爆弾魔が誰であるか、ですが」

 福岡はせかせかと話を進める。

「爆発する前の岡田の戯言……『勝ハ、ヤラナカッタ、……約ソク。其レでセンセィに怒ラレテ』。確か、その直前に武市先生、と抜かしておりましたな」

「ふむ……。命令通りに勝を――私の知る限りでは勝麟太郎どののことでしょうか――暗殺できなかった岡田に業を煮やした武市は岡田を殺害し、その死体を利用して福岡さん、あんたもついでに殺す算段を整えたってところでしょうかね」

「恐らくそうでしょうな。岡田の屍人としての完成度を見るにつけ、佐久間象山のような手練れの作品とは考えにくいですからな。いかにも武市が見よう見真似で作った出来損ないといった様子だった」

 福岡が合点が行ったように頷く。小佐吉も三浦やノグチを思い返してみた。確かに、まるで壊れかけたカラクリのようだった岡田の屍人としての完成度は、彼らに数段劣る。

 人斬り以蔵。彼の半生など知るよしもないが、なんとも憐れな末路であることか。

 だが、感傷に浸っている場合ではない。

『勝はやらなかった。……約束。』

 岡田が遺した言葉の本意はいったい何だろう? 約束を……交わした? いったい誰と?

「ん?」

 小佐吉はふと、戸の外側に人の気配を感じたような気がして振り返った。ところが、立て付けの悪い戸が、少し強い風に煽られて微かに揺れているだけだった。

「気のせい……でござろうか……?」

 

 小佐吉が感づきかけてから十秒と経たないうちに、土佐藩邸を人知れず飛び出した黒い影が一つ。

岡田以蔵……数日前、奴の目撃情報が一件、確か神戸の港であったはず……。行ってみるか」

 影は屋根を跳ね、あっという間に屋敷から遠ざかっていく。

 その影を秘かにつけ狙う、若い御庭番衆が三人。

 その中でもリーダー格の男が、残りの二人に早口で指示を飛ばす。

「俺と羅兵衛はあの会津藩の忍びを追う。奴の行き先は恐らく神戸だ。平助、お前は以上の旨をお魁の頭(かしら)に伝えろ」

「御意」

 言うや否や散らばって走り出す御庭番衆。

屋根づたいに走る影――会津藩家老、秋月悌次郎子飼いの忍びは、遥か後方からひたひたと押し寄せる、二人の御庭番衆の気配を敏感に感じ取っていた。

「……来るか。斬っても斬れぬが影、踏んでも逃るるが影。常人には影を捕らえられぬ。それが定めよ」

 

「影武者じゃと?」

 土佐藩士、坂本龍馬は鸚鵡返しに問いかけた。坂本が神戸で見つけた酒の美味い料亭で、ある人物と向かい合っての席のことである。

「おまん、何を言い出すかと思ぅたら、何でそんなものをわしに勧めるがじゃ」

岡田以蔵のせいじゃ。あの男、ここ最近ちぃと派手に動きすぎたぜよ」

 坂本と対面する男は、岡田の名を口にするとき、露骨な苛立ちを口調にふくめて答えた。

「奴が人を殺し回った神戸や京都で、何度も目撃されとるゆぅ話じゃ。龍馬、おまんも岡田に会(お)うた言うとったき、おまんがここいらに潜伏しとるっちゅうことが突き止められるんも、時間の問題ぜよ」

「……幕府のモンの目ェをだまくらかすために、わしの身代わりを一人こしらえようっちゅう話か」

 坂本は手ずから酒を注ぎながら、低い声で言った。

「その身代わりの命を危険に晒してまで、わしは逃げ隠れしたいとは思わんぜよ」

「そこで役に立つんが屍人じゃき」

 坂本と向かい合う人物は、坂本の答えを予想していたと見え、間髪いれずに切り出した。

「おまんの遺伝子っちゅうもんを使うておまんそっくりの屍人を作り出すがじゃ。佐久間先生ならそれが出来る。龍馬、おまんの身のためじゃ。一度、佐久間先生と会うてみぃ。段取りはわしがつけちゃるきに」

 坂本は酒の入った升をドン、と膳の上に置いた。不愉快そうに眉間に皺を寄せて、坂本は切りだした。

「わしは、あん人の思想が好かん言うたはずじゃ。それを承知で勧めるゆうんなら、もうちぃとおまんの考えが詳しく聞きたいのぅ。……それよりわしが気になるんは、長次郎」

 深い疑惑をはらんだ坂本の眼差しが、向かい合う近藤長次郎の丸い目をしっかりと見据えた。

「おまん、わしに何か隠して企んどることがありゃせんかえ?」

 

(第22話おわり)

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第21話

★マーシャルです。何も言い訳はしません。早速見てください。

 

「……さて、海軍操練所塾生の捕縛にあたって、今回は会津藩を通してある方々の紹介と協力を頂くよう指示がでています」

 山南は話を続ける。しかしその説明はいつもとは違う、妙だ。

 新撰組が、さらに言えば死生技術が関わってくる任務において他の組織と協調するとは……。やはり今回の件は新撰組だけの事案という事ではないのだろうか。

「そのお相手とは」

土佐藩の方々です。一覧を見た通り、塾生の多くは土佐脱藩藩士が占めています。身柄の引き渡しを条件に彼らの潜伏先と思わしき場所の情報を提供していただけるそうです」

「京都で浪人や浮浪者が集まる場所は新撰組の方が詳しいでしょう、それなのに何故」

「今回の任務では迅速な対応が必要となります。我々に必要なのはあくまで技術、そうであるのならば目的は一致し協力するのは必至では」

 そう山南どのに言われれば納得せざるを得ない。

 一方で、藤堂どのも何処か腑に落ちていない様子だ。斉藤どのについては全く読めない。

「藤堂君は小佐吉君を連れて土佐藩邸に向かって下さい」

 山南どのの顔はいつもと同じく平然とそこにあった。

 

 昼過ぎに、小佐吉と藤堂は土佐藩の屋敷の前に着いた。門番に用件を伝え、しばらくすると門が開いた。

 藩邸から出てきた男は痩せぎすではあるが長身で身なりが整っており、見るからにそこいらの浪人とは振る舞いが明らかに異なる。

「お待たせいたしました、新撰組の方々ですね。」

「あなたが福岡どのですか」

「はい、今回は協力感謝します」

 社交的ではあるが、毅然としていてどこか威圧を放っている。気持ちで負けるわけには、と思っていたら藤堂どのが返事に応えた。

「我々は任務を全うするまでです、情報を頂ければその日の内には迅速に事を収められますよ。早速情報を」

「まずはこちらに。お話は途中で」

 

 福岡は歩きながら説明を始めた。

「我々の京都での目的の一つには、藩内の勤王派の急進であった武市半平太が率いた勤王党員の残党の捕縛があります」

「捕縛ですか、今時意外でもありませんが穏やかではありませんね」

「ええ、元々武市についた勤王派には土佐を脱藩した、ならず者も多くいまして。国元だけでなく京でも多くの蛮行が分かっています。ここでの信用は国全体の信用にも関わりますので、我々も必死です」

 無理もない、会津と薩摩が大局を制してからこれまで尊王攘夷だった土佐は時流に遅れまいと大粛清の真っ最中だと専らの噂だ。ここでの活動も既に利用価値の無いその武市とやらの粗を少しでも見つけようとのことであろう。

「ですが、それが今回の件とどのようなご関係が」

「ご存知とは思いますが、海軍操練所には土佐を脱藩した者が大勢在籍していました。彼らの動向を探ろうと我々も近藤という男を送ったのですがここ最近連絡が取れなくなりました。おそらく脱藩浪人と行動を共にしているのでしょう」

「成る程ね。でも肝心の連絡係が寝返ったんじゃ、情報も何もないんじゃない」

「ある程度、近藤の行き先には目途がたちますよ。それにもう一つ」

 そこで福岡は立ち止まった。目の前には土倉が建っている。

「既に重要な人物を我々は捕らえていますので」

 

 土倉の鍵を鍵束から探しながら、福岡は話を続ける。

「先日、藩邸前をふらついている浮浪者を門番が怪しみ捕らえました。本人は鉄蔵と名乗っていましたが、どうも言動がおかしく綿密に尋問をしてみたのです。すると……」

「彼は京で逃げ回っていた勤王党員だと」

 どうして毎度、藤堂どのは結論を急ぎたがるのだろうか。

「……ええ、彼が白状したのは武市の側近しか知らない当時の暗殺計画でした」

 福岡の顔が険しくなる。

「それも実行者しか知らないような詳細な。やつれて人相が変わっていますが、我々はこの鉄蔵が「人斬り以蔵」ではないかと踏んでいます」

 まもなく錠が外れ戸が開いた。土倉の中は暗く湿気ていて、鬱屈としている。

「それはまた本当ですか、真であったら大物ですな」

「ええ、彼は勝や操練所塾生とも関わりがあったようですので今回の件でも何かを知っている可能性が十分あります。ですからまずは直接、問いただす方が良いと思いまして」

 福岡は目と脇差の柄で奥を指した。確かに奥には柱に後ろ手に縛られた男が居た。

「確かにそうだね。じゃ小佐吉、頼んだよ」

「えっ、自分ですか」

「適役でしょ。僕はあんな人斬り相手にお喋りなんて辛気臭そうでヤだし」

「そんなぁ」

 小佐吉は恐る恐る男に近づく。以前、あった時はとてつもない殺気に怖気づいたものだ。まさかまたこうして会うことになろうとは、

「い、以蔵どのでありますか」

「……本マ、酒で後ろから……森、大カワ、渡辺……ヨ道で」

 生気を失い、項垂れ返答は支離滅裂で返って来ないが、確かに以前見た岡田以蔵の容貌に似ている……気がする。

 身に纏うぼろがはだけた上半身は傷と痣だらけであり、凄まじい拷問の痕が伺える。

「ま、また手酷くやられたものですな。じ、実は折り入って聞きたいことがあるのですよ応えていただきますよ」

「上ダ、長野と……其の女、ゼンブコロシタノニ、タケ市センセィ……ドウシテ」

「海軍操練所にいた塾生のことです、何か知っていますか」

「勝ハ、殺ラナカッタ、……約ソク。其レでセンセィに怒ラレテ」

 通じているか分からないが、とりあえず話を続ける。

「彼らの名前に心当たりは、陸奥陽之助沢村惣之丞坂本龍馬……」

「リョ、龍馬」

 始めてこちら側の質問に言葉を返し、反応した。

「!、坂本龍馬を知っているのですか。彼は今どこに」

「龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、龍馬、」

 口をあけてその名前を連呼する。その様子は狂気を感じずにはいられない。しかし何か変だ。未だ人とはこのように生気が感じられない者なのだろうか。

 

 意味のある、無意味な連呼のさなか、小佐吉は汚れと血で汚れていて気がつかなかったが汚れに隠れてくびに無数の穴があいていて、そこから煙が出ているのを見つけた。

「こ、これは」

 小佐吉は急いでその場から飛びのいた瞬間、以蔵の頭がはじけ飛んだ。

「なっ!」

 あまりにも突然なことに福岡は腰を抜かしたようだ。その隣で土倉の戸に隠れ首だけ出してこちらを覗く藤堂が苦笑いで答える。

「全く、とんでもないものを掴まされちゃったね」

 砕けた西瓜のように残った頭蓋からは下顎だけがいまだに動いて意味の無い言葉を発しようと続けていた。

(第21話おわり)