歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

第29話 『土方の裏切り』

☆いがもっちです。

屍生術が絡む歴史ものである以上、

史実からストーリーは離れるのでしょう。

 

火鉢の前で近藤勇は考える。

ーーこの先、新撰組はどこへ向かうべきなのだろうか?

火がばちりとばちり音を立てくべた薪を崩していく。

近藤はそんな小さな事象をじっと見つめる。

ーー藤堂君や小佐吉くんは神戸くんだりから戻ってこないし、無事なのだろうか? 

ぼぼぼと炎が燃えている。

ーー屯所内での隊士たちも神経質気味だ。ピリリとして緊張感があるのは悪くないこと

だが、いかんせん雰囲気が悪い気がする。

近藤は側の皿を手取り、そこにある餅を食べる。

ーーこの餅のように粘り強く待つしかないのだろうか……。

「近藤さん」

近藤の思考を遮ったのは渋い孔雀のような声であった。

「土方くん……」

二枚目顔の男が近藤の前に座る。

「どうしたんだ? やけに神妙な顔してるじゃないか」

浮いた笑顔で土方が語りかけてくる。

小さい時から同郷の旧友。

そして今や組長である自分の側に仕える重鎮。

切っても切りようのない縁で繋がれたこの男には隠しだてしようにもついつい話してしまう。

「……そうか、確かに今、隊士たちは地に足がついていない気がする」

土方はあぐらを崩し、片膝立ちをする。

近藤の前でこんなことができるのは隊長の中でも土方くらいであろう。

池田屋、禁門の後、大きな事件は起きていない。そんな中、伊藤がうちに加わった。静けさの中にも少しずつ微動しているもんがある。でっかい嵐や地鳴りが轟くのももう間近な気が嫌でもする」

どうやらこの鼻高な男も近藤と同じく得体の知れない時代の蠢きを感じとっていた。

「近藤さんそういう時こそ山だよ」

「……山?」

「そう、風林火山。”甲斐の虎”武田信玄の側に掲げられた鼓舞語だ。動かざること山の如し」

「なるほど。今は山のように泰然として堂々と構えていろということか」

「そう。特に大将がビクついてたんなら下の者にもそれは伝わりそれこそ隊は浮ついた屍になっちまう。もっとも、屍人はすでに何人かいるんだけどな」

そう鼻で笑う土方。

生真面目な近藤はこのような黒い冗談を言う土方はあまり好きではなかったが、今ではそれを含めて土方なんだと受け入れている。

「とは言っても……」

そう言って土方は腰を浮かせる。

「屍生術を裏で操る奴らに、それを輸入し日本を支配しようとする異国の奴ら。長州の久坂に土佐の坂本。さらには幕府のもんだってそんな状況を黙っちゃいねぇ。解決しているようで解決していない問題がいかに多いか」

虚空を見つめ何かを思う土方の顔が近藤には印象的だった。

「そういう奴らを全部相手にしなきゃいけねぇんだ。先は長いぜ。かっちゃん」
土方は手をひらひらさせながら襖を開け外に出ていく。

「……相変わらずだな、歳」

炎は柔らかくその火を保っていた。

近藤の部屋から出て屯所内の廊下を歩く土方。

すると角から一人の男が姿を現し、こちらへ向かってきた。

「どうでしたか? 局長の様子は」

男はすれ違いざまに歩を止め土方に話しかける。

「何か思いつめている様子だが、問題ねぇ。俺たちは俺たちの仕事を進めるだけだ」
土方も歩を止め前を見つめたまま男に話しかける。

「左様ですか」

「ああ、そのためにはまず組織内の秩序だ。隊士たちの結束を固めるほかない。そのための犠牲ならいくばくかは構わない」

「いくばくか……ですか。例えば、それは隊長クラスの犠牲だとしても?」
男は不敵な笑みを浮かべる。

「全隊士だ。俺や局長含めたな。もっともそれができるのであればの話だが」
土方は後ろを振り向き男に言い放つ。

「あなたはまるで存在そのものが鋭い刃だ。全く恐ろしいお方ですよ。そうですね。とりあえずもう一人の策士の方ですかね」

男の言葉に土方は全く表情を変えず前を向き直し、再び歩め始める。

足を地から離す前に土方は言葉を残した。

「ああ、それで構わねぇよ、伊藤」