歴史SF小説『草莽ニ死ス 〜a lad of hot blood〜』

ク・セ・ジュ 〜月夜に君は何を想うか〜 考えるということは、要するに自分で何か映像をつむぎだしていくということだ。何かが、あたかも自分の眼にはっきりと映るかのようにしていくのが「考える」ことだ。どんな人でも、結局はそういうふうにして考えている

歴史SF小説『草莽ニ死ス ~a lad of hot blood~』 第10話

●祝・『ガキの使い』フリートーク復活。トーク中に転がり出てくるあのトリッキーな発想を勉強して、小説に活かしたいと思いました。

 

 

 この国には、新撰組隊士よりも剣に優れた者がいる――藤堂との会話によって脳の真ん中に植え付けられたその発想は、小佐吉をいよいよ発奮させた。近頃、雑用の合間に一心不乱に木刀を振っては夢心地に顔を輝かせている小佐吉の様子が、隊士たちのあいだで小さな噂となっている。

坂本龍馬か……。いつか、手合わせ願いたいものですなぁ」

 頬を高潮させ、ひとりごちる小佐吉を、藤堂がニタニタ笑いながら囃し立てる。

「ムリだよ、ムリ。小佐吉もといザコ吉なんか、一太刀でねじ伏せられて終いだよ」

「それほど強いのですか、坂本は」

 小佐吉が身を乗り出して問うと、藤堂は満更でもなさそうに坂本の武勇伝を一つ、二つ披露してくれる。そのエピソードを脳内で反芻するあまり、小佐吉はついに自分が坂本に生まれ変わって、黒船を一刀両断して海に沈める夢まで見るにいたった。

 

 新撰組の朝は早いが、小佐吉は最近、起床時間の二時間前には目があいている。

なんとなく不安に駆られて起き上がるとすでに、頭には剣のことが浮かんでいるのだ。

 雑魚寝している他の者に気付かれぬよう、音を立てずに庭へ飛び出すと、小佐吉は心の中で雄叫びを上げながら木刀をふるう。

 ――隆晴殿、見ていてくだされ。拙者は鍛錬を積んで、日本一の剣豪に成り上がってみせまするぞ!

「あんな無茶苦茶な身体の使い方をしては、長く持ちますまい」

 小佐吉の朝練をいち早く察知して、障子の隙間からひっそりと見守る斎藤一がぼそぼそつぶやいた。

「それに、あいつには剣の才能は無い。立身の道すじを選び誤れば、迷子になって腐るだけでしょう」

「まぁまぁ、もう少し見ていましょう」

 斎藤の隣で山南総長がさとすように言った。

「彼には迷子になったら、自分で道をこしらえて走りだしかねない生命力がありますからね」

 

 朝も晩も剣、剣と猛進する日々が数ヶ月つづいたある日。夜明け前の澄んだ寒さに粟立つ肌をさすりながら、小佐吉が朝練をはじめようとしたとき、

「おい、そこの」

 と、正門のほうで誰かの呼ぶ声がした。

 見れば、目と顎の尖った、どことなく人相のよくない若い男が門の上に身を乗り出して、小佐吉を手招いていた。

「俺が来るって話は聞いてるだろ? 門を開けな」

「失礼ですが、どなた様でございましょう」

「あんだと? 俺は今日から新撰組に入隊する三浦啓之助だ。あの偉大な佐久間象山を父に持つ男だぞ」

 三浦啓之助。本名を佐久間恪二郎という。将軍慶喜公付きの講師に抜擢された佐久間象山のせがれが父にくっついて上京し、新撰組に入隊することになったという話を、小佐吉はようやく思い出した。

 改めて観察すれば、顔つきこそわるいが身なりは上品で、不自由のない暮らしをしている様子が察せられる。

「これはこれは、無礼をお許しあれ。かような時刻においでになるとは露知らず……」

 小佐吉の弁解を、三浦は一笑に付した。

「今日来るっつってんだから、何時に来ようが俺の勝手だろ」

 いいから早く門を開けろ、と三浦が命令口調で告げるのに小佐吉は黙って従った。

「ありがとうよ。ま、今日から厄介になるんでな、よろしく頼むぜ」

 三浦はそう言って小佐吉に握手を求めた。

 存外、最低限の礼儀は持ち合わせているようだ。

 小佐吉は差し出されるままに、手を重ねようとした――

 刹那、三浦の袖口から小刀がぴゅん、と飛び出し、あやうく小佐吉の手を切り裂きかけた。驚いた小佐吉は小さく叫んでとびずさる。三浦は乾いた笑い声を上げて言った。

「天下の新撰組隊士ともあろう者が、初対面の人間にそう気安く心を開いてどうする。ったく、ざまぁねぇな」

 小佐吉は唖然と三浦の顔を見つめるほかなかった。

 夜が明けると、三浦は新撰組全体の前で紹介された。

 平穏無事に済ませばよいものを、三浦は、その場が凍りつくようなことをやらかしたのだった。

「エー、俺の剣の腕を諸君に証明するためにだね、浪人の首でも狩って土産にしようと思ったんだが、生憎、見当たらんでねぇ。代わりにコレを――」

 そう言って、三浦が麻袋をひっくり返すと、中から兎の頭がごろごろ転がり出てきたのである。その数、二十、いや三十はあろうか。

しなびた耳から白く濁った目玉にまで、血のりがべっとりとこびりついて悪臭を放ち、とても正視できたものではない。

「とんでもない輩が入隊しやがったな」

 屍番のノグチは嗅覚を失って久しいのに、思わず鼻を押さえながらぼやいた。その隣で、小佐吉がもぞり、と動いた。彼は、まるでジャガイモでも拾うかのような身振りで兎の頭を麻袋に戻している三浦を眺めながら、ひとりごちた。

「うーむ、どうにかしてあの男、利用できなんだか……」

 

(第10話おわり)